冬の信州を往く〜長野旅行記〜

善光寺と松代と諏訪に行ってきました。

(注意)
諏訪湖の氷は割れやすく大変危険ですので、乗るのはやめてください。恐ろしくカッコ悪いです。


「そうだ、長野いこう」のいきさつ
きっかけは1年前に遡ります。
「諏訪湖で数年ぶりに御神渡りが発生」というニュースを見て、これは生で見たいなあと思ったのが始まりでした。
もちろん、毎年御神渡りがある訳ではありませんが、せめて凍っている諏訪湖を見たい。
そのことがきっかけで、諏訪という地域を注目するようになりました。
また、せっかく諏訪に行くなら、諏訪大社4つの宮すべてを全部回ってきたい、そんな思いもありました。

諏訪湖が凍るのは早朝なので、必然的に諏訪に1泊することになります。
そうなれば、前日にどこかに観光に行けるなあと思って、まず思いついたのは善光寺。
そして白羽の矢が立ったのが、つい去年廃線になった松代。
そんな風に信州旅行プランを広げていきました。


漠然と考え始めてから実行に至るまで1年。
正月を過ぎたあたりからもやもやとした不安が出てきたりしたので、
その打開のきっかけになればいいなあと思いながらの旅ともなりました。


今回は、後付けの蘊蓄等は極力入れず、旅行しているその時感じたことを中心に書いていきたいと思います。

1日目
オリンピックの街・長野
信州の中心地、長野市。
予想していたより本当に寒くて、何もしてないのに手に皸ができたほどでした。
そういえば、「舟木〜」1998年の冬季五輪からもう15年が経つんですね。
今もなお町の各所にその歴史が刻まれています。


♪でんでんでんでん伝説の〜(長野駅前)


長野の街並み。なぜか本屋と薬局とカメラ屋が多い

長野五輪の面影

善光寺へ続く道
善光寺は歴史から見てもとんでもなく存在感ある寺なので、仏教色が強いんだろうなあと想像していたのですが、 大門通りなどを見てみると、西洋風の建物がズラリと立ち並んでいたりして、まるでごった煮なんですね。
なるほど、善光寺は宗派が関係ない(仏教が各宗派に分かれる前にできた)お寺ですから、ふところが広いということですね。

門前に横浜とか函館にありそうな建物がある

歌舞伎座

もちろん、通り沿いにはこういったお寺などもあります



善光寺

牛に引かれて…ではなく東風に吹かれて善光寺参りです。

善光寺でまず感じたのは、歴史もさることながらそのスケールの大きさ。
山門、

仁王門、

本堂

どれを取ってもとてつもない迫力で、どっしりとしてました。

お戒壇めぐりもやりましたが、本当に真っ暗で、錠前だったのか取っ手だったのかよくわかりませんでした。
お戒壇めぐりと同じ券で入れる日本忠霊殿・善光寺史料館も、絵馬が飾られていたり、写経ができたりするのでお勧めします。
こんなところでまさか「霊夢」の文字を見るとは思いもしませんでした。
(もちろん霊剣アラタカな夢のお告げのほうです)

日本忠霊殿・善光寺史料館 外観


観音様が凍ってますが水子観音になります

早苗町通り
大門通りから長野市役所を目指し東へ進むと、早苗町通りがあります。
ZUN市は長野出身なので、もしかすると東風谷早苗の由来はここかも…わかりませんが。

通りの様子

本当に「早苗町」という看板が軒を連ねている面白い光景が見れました。
ちょうど長野五輪のモニュメントがある長野市役所にも近いので、合わせて行ってみては如何でしょうか。

町苗早

長野オリンピック

長野パラリンピック

信濃の国


JR長野駅の観光案内所に飛び込んだら、次の旅先について丁寧に教えてもらったので、助かりました。

大本営と象山の街・松代
昨年3月に長野電鉄・屋代線が廃線になったことが記憶に新しい松代。
歴史的には佐久間象山の故郷としても知られています。

今まであまり縁がなく、行く機会もなかったのですが、
行ってみたら、ものすごくいいところでした。
”遊學(学)城下町”を謳っているように、城下町の雰囲気がものすごく良い。
ここまで地域が一体的になっていい雰囲気を作っている城下町って、他にはないと思います。
一番好きな城下町かもしれません。

この写真を見てピンときたら今すぐ松代へGO!

人には全力で薦めたい。
でも今のまま有名にはなってほしくない。
そんな奥ゆかしい魅力が、この松代にはあります。
私はそれを『くやしい松代』と勝手に命名しました。
変に注目されてほしくもないので、旅行記を見てくださった方だけに全力でおすすめします。

雰囲気の良さが写真からも伝わってくる


ここでも観光案内所に飛び込んだのですが、ガイドの方のあまりの情報と経験の豊富さに驚きました。
大変お世話になりました。

松代大本営跡・象山地下壕
太平洋戦争の末期に、大日本帝国が最後の砦として建造を進めた地下壕です。
「エヴァンゲリオン」で第2新東京市が長野にあるのも、これが由来と言われています。
もしかすると松代が日本の首都になっていたかもしれない、そんなifの世界。
現在は長野市教育委員会が管理し、無料で入場することができます。

物々しい雰囲気

鍾乳洞や洞穴、鉱山跡などに入ったことのある方だとわかると思うのですが、
あの独特の感覚が、ここにはあります。
今まで全国の様々な洞穴、鉱山跡に行きましたが、その中でもひときわ印象的です。
一握りの浪漫と儚い歴史を感じることができる史跡でした。

内部はこうなっている。もっと衝撃的なところは実際に目で見てください

全長500メートル

竹山稲荷神社
象山地下壕から少し駅側に戻ると見えてくる、稲荷神社にしてはこじんまりとした感じの神社です。
山に向かって参道が伸びていくさまは、津和野の太鼓谷稲成神社を髣髴とさせます。
個人的に山稲荷って好きかもしれません。

石段を登っていくと、山の中腹に本殿が鎮座している

本殿は工事中のよう

実は地元の人でもあまり行ったことがないという、通好みの場所。
狐様を祭る行事も今なお行われているそうです。

旧横田家住宅
「富岡日記」で有名な和田英(旧:横田)の生家です。

富岡日記は、群馬県の富岡製糸場で働いていた女工のその時の様子を描いたもので、
当時は「イジン(異人)さんは血(ワイン)を飲んで生肉を喰らっている」という噂が流れ、誰も女性が行きたがらなかったところ、
名家の娘である和田英さんが先頭を切って女工に志願したことで、何人か立候補者が出たという勇気の人でもあります。
ちなみに、後に松代に帰ってきたことで、松代は養蚕の町になったそうです。

文化財としても、茅葺屋根の住宅が本当に素晴らしくて、
庭園側から住宅を見たときの、素朴だけれども恐ろしくまとまっている風貌は感動ものです。

旧横田家住宅

庭園もいい味を出している

松代の町並み

松代は水がきれいで、各地に水路が整備されています。
山寺常山邸等には泉水路と呼ばれる仕組みがありますが、これは水をろ過する意味もあるそうです。

山寺常山邸

泉水路

象山神社。家族によると「八重の桜」に出たらしい



真田邸

庭は座ってみること

松代城址(海津城址)

文武学校
文武両道を進めるために、佐久間象山らが中心となって設立された藩校です。
「日本には古来から伝統があるので祀る必要がない」ということで孔子を祀っていないそうで、藩校としては珍しいそうです。
今は時代劇などの撮影で使われており、
「坂の上の雲」「八重の桜」でも使われたそうです。

文武学校の門

だから、僕はその手を離した。

助っ人ボランティア
街道沿いには、お茶が無料で飲める施設が用意されていたりします。
私もそこにお邪魔して、お茶やお茶受けをいただきながら、
地元のボランティアの方と歓談したり、いろいろな話を聞いたりしました。
ここでお話しした人に、文武学校を案内してもらったりという交流もあり、
この地域の温かさがよくわかるおもてなしだなあと感じました。

旧松代駅
廃線になる前に「せっかくだから行ってみよう」と思いながら行けなかった。
そんな松代駅に、廃線後に行くことになるとは、不思議な縁です。
すぐに壊すなんてとんでもない、というほどの歴史を感じさせる駅で、
能登の輪島駅BTなどのように、廃駅になってもそこが新たなランドマークになるような、そんな存在であってほしいなあと思いました。

松代駅。今はバス停の目印のような存在

廃線になった長野電鉄・屋代線

すばらしい松代
これは長野全域で言えることなのですが、
観光案内所とボランティアガイドの方が非常に丁寧で、
町のことをわかっていて、観光客のこともよくわかっているという、そんな方々がおもてなしをしてくださいました。
街中でも、お茶を無料でいただけたりと、訪れる側のことを本当に気遣ってもらってましたね。
「おもてなし」に非常に重きを置いている、ものすごく素晴らしい構図だと思います。

松代って、でっかいランドマークがでーんとあるわけじゃないんですよ。
もちろん歴史はあるのですが、一瞬でバーンとくる魅力ではありません。
一つ一つが小粒なんです。
しかし、それが集まったら、素晴らしい魅力になるんだというのを、現地で感じました。
自らの魅力がどこにあるのか、どのくらいの大きさなのかをしっかり踏まえて観光に取り組んでいるなというのが伝わってきて、
とても行ってよかったなあと思ってます。


あるものは小粒ですが、あっという間に個人的にものすごく好きな街になったように、見所がものすごく沢山あります。
時間が足らず、泣く泣くカットしたところとかもありました。
本当にリベンジしたいです。

あと、クイズラリーの答えが結構難しいので、わからなかったら観光案内所や施設の人に聞きましょう。


長野駅に戻ったらイルミネーションが点灯してた

諏訪湖イルミネーション
諏訪湖がまさかのイルミネーション点灯してました。


デイリーヤマザキの近く

だからいつも一人だっつってんだろ!

そして、ここにきて諏訪姫のポスターを目にしました。
このあとに行った高島城や間欠泉センター、諏訪や茅野、下諏訪の各所に諏訪姫が出没するのですが、
ふつうに街に溶け込んでてびっくりしました。

我らがすわひめ、こんなところに

2日目
諏訪湖パーフェクトフリーズ
早朝に起きて、まだ日が出ていない時間に諏訪湖へ。
宿の近くでの湖面が少し盛り上がっていて、ちょっとした御神渡り状態になってました。

写真の右側の白い部分がやや盛り上がっていた

正式には、八劔神社の神主が判断しないと御神渡りとは認められないのですが、
諏訪湖はこの時点で「全面氷結」状態。
2年連続の御神渡りはほぼ確実のようです。

諏訪湖、全面氷結の図

なお、諏訪湖の氷は割れやすく大変危険ですので、やめてください。

そして、そんなこんなで湖岸を歩いていたら、ちょうど日の出を迎えました。
日の入りを見ることは何度かありましたが、日の出の瞬間に外にいたのは久しぶりな気がします。

やうやう白くなりゆく山際

諏訪大社とは
ここで簡単に説明しますと、
諏訪大社は、諏訪湖を中心に配置された2社・4宮からなる神社です。
茅野市・諏訪市にまたがるのは「上社」で、「前宮」「本宮」からなり、
下諏訪町には「下社」があり、「春宮」・「秋宮」から成り立っています。

なお、上社と下社は南北朝時代ごろから仲が険悪になり、戦にもなったそうで、
系譜を見てみてもそのころからはっきり分かれているようです(諏訪高島城資料館の情報による)。


私はこの4宮を電車移動を除き徒歩で回りましたが、
特に上社に徒歩で行くのはかなりきついので、バス等活用されたほうがいいと思います。

諏訪大社上社前宮

前宮 鳥居
上社前宮は茅野市にあります。
元摂社だったこともあり、ほとんど人がおらず、小さい宮ですが、それゆえかとても神秘的でした。
個人的には4宮の中で一番好きかもしれないです。

特筆すべきは、神楽殿の素晴らしさ。
歴史を感じさせる神楽殿で、気に入りました。
また、本殿の脇に水路が張り巡らされていて、これも自然を感じるポイントでした。

前宮神楽殿。シンプルだが心にくるものがあった

御柱を初めてみたのもここでしたね。

前宮 一之御柱

諏訪大社上社本宮

本宮 一の鳥居

本宮 一之オンバシラー
次は諏訪市に位置する上社本宮です。
かなり規模が大きく、二之御柱までしか発見できませんでした。
長く続く屋根付きの入口や太鼓がでんと乗っているスケールのでかい神楽殿、雪に閉ざされた土俵など、見どころは尽きないのですが、
特筆すべきは、歴史をあらわにした勅願殿。
これはぜひ実際に行ってみてもらいたいですね。

本宮 入口の長い廊下(正式名称不明)

本宮神楽殿。2代の大きな太鼓(白・黒)が鎮座している

本宮 拝殿

本宮 左・右片拝殿

本宮 勅願殿

一部水が流れていて完全凍結ではなかった

朝だったこともあって、掃除をしている巫女さんが多数見受けられました。
8人前後いて、逆に新鮮な光景でした。

諏訪湖間欠泉センター

諏訪湖間欠泉センター
上諏訪は温泉が有名で、場所によっては90度以上の源泉が噴出していたりします。
その特色を生かして、ここでは約85度の源泉を、3階建のセンターの建物以上まで噴き上げる「間欠泉」を実演しているのです。
景気がいい時は50メートルも噴き上げたそうですから、これはすごい。

予感

さて、実際の迫力はどうだったかと言いますと、
もうケタ違い。
湯気だけでもすごいのに、まるで初代ポケモンのハイドロポンプみたいな、あんな柱が高くまであがるのです。
その圧力は付け焼刃とかまちおこしの材料とかそんなのじゃなくて、
行ってみてくださいという感じです。

噴き上げる間欠泉

現在はバルブで調節している

助っ人ボランティア再び
ここでもボランティアの人がいて、間欠泉のみならず、諏訪の歴史についていろいろ教えてくれました。
私は間欠泉の撮影ポイントまで教えてもらったくらいです。

御柱についても教えてもらったのですが、参拝をした後でなら、触ってもいいそうなのです。
「観光客は知らないけれど、地元の人なら誰もが知っている」そうなので、行く機会のある方はお試しください。
パワーがもらえます。

諏訪高島城

お堀、全面凍結
"諏訪の浮城"と名高い諏訪高島城ですが、
この時期になるとお堀が全面凍結しており、
さながら"氷上の浮城"と化していました。
かなりよさそうな庭園もあったので、凍らない時期に来たかったなあと思ったりしました。

これは確実に素晴らしい庭園

高島城は復興された城になりますが、その外観は言わずもがな素晴らしいです。
内部は、当時が再現されているわけではなく、普通のコンクリ造りなので入るかどうか迷われる方も多いかとは思いますが、
資料館に展示されている資料がわりとわかりやすく、鍵になるようなところが特集されていたり、
過去の御神渡りの写真が飾られていたりもしますので、
入ってみるといいと思います。

諏訪高島城(復興天守)

諏訪大社下社春宮

春宮 下馬橋
クイズところ変われば今度は下諏訪町にあります下社春宮です。
拝殿が非常に歴史を感じる古の神社という感じがしてよかったです。
一般の観光客も多いのに、絵馬が諏訪子だらけってのはどうなんだろうと思ったりもしましたが…

春宮 拝殿

春宮 一之御柱


近くに岡本太郎が発見したという万治の石仏があり、

万治の石仏


「浄財はご遠慮ください」
という下諏訪町の心意気に観光客から歓声が漏れていました。

諏訪大社下社秋宮

秋宮 一之御柱

同じく下諏訪町にある下社秋宮が最後となります。
午後に訪れたこともあってか、人出が一番多かったですね。
どこかの消防署の一団もお払いを受けていました。

秋宮 拝殿。並んでお賽銭を入れたのなんか久しぶり

神楽殿で神事を執り行っていた巫女の羽織があまり見かけない草の模様が描かれていたなあと思って、
帰ってきて調べたら「千早」という羽織だったようです。

秋宮 神楽殿

君が代にも出てくるさざれ石とはこのこと


なお、近くの新鶴本店の塩羊羹は、小サイズが900円と値段は若干張りますが、
とんでもなくおいしい羊羹ですので、お土産にお薦めしておきます。


オルゴール館

なんかこんなのいました

樅の木(?)でつくられたモニュメント

まとめ
長野に行ったのに一回も蕎麦を食べないでやったぜぇ〜
ちっともワイルドではないですね。
…というわけでまとめです。


松代のところで書きつくしてしまった感はあるんですけれど、
ここまでうまく回れたのは、ひとえに観光案内所とボランティアガイドの方々のおかげです。
JR長野駅、松代、上諏訪駅前、下諏訪駅前、計4か所の観光案内所にお世話になりましたが、
どの観光案内所の方も地域をとてもよく知っているうえ、観光客のこともよくわかってアドバイスをしてくださり、それがものの見事に的確でした。
ある観光案内所では、私が帰ってくる時間まで予言してました。

観光案内所って全国各地でかなりばらつきがあって、
正直、適当すぎるところのほうが多かったりするのが現状なんですけれども、
長野はどこへ行っても「完璧」でした。
長野はあまり調べていかなくてもすんなり観光できると思います。


そして、ボランティアガイドの方からも貴重なお話を聴くことができました。
「御柱を触っていい」なんか、知らなければ知らないで通ってしまうこと。
そういった情報を何より、その地域の歴史を踏まえて話をしてくれるってのがいいですね。

観光案内所とボランティアの充実っぷりでは、全国トップレベルだと思います。


つぎに、諏訪姫の話。
後発キャラクターとはいえ、かなり街に溶け込んでました。
スカート丈が短いのだけが心配だったんですけれども、地元の人もあまり気にしていないようだったので、
これはこれで可愛ければいいのかなと思ったり。

スマホアプリの「すわなび」は、これだけ観光案内所やボランティアが充実してれば、いらないような気もするんですけどね。
旅行来てまで携帯電話をいじりなりたくはないといいますか、
旅行って、やっぱり現実世界から離れるようなところがあるのと、
あったかみがあって、みんなが持ちうる紙の地図のほうがいいような気はします。



最後に、今回は本当に時間を決めずに回りたいように回ったというところもあって、
一部必死に歩いたり走ったりはしましたが、おおむねゆったり回れた旅になったかなと思います。

正直、旅行初日の朝はあまり乗り気ではなく、
善光寺が終わったところで、このテンションでこのあと大丈夫か…と思っていたのですが、
松代についた途端にそんな迷いは一気に吹っ飛びました。
旅行には、人を元気にしてしまう魔力があります。


おみくじを2か所で引いたんですけれども、
いずれもおみくじの内容が似たような感じで、まさにその部分に思い当たる節があったので、
気を付けて一年過ごそうかなと思います。


ゆっくりするのが目的というところもあった今回の旅でしたが、
意識していないうちに、いろんなものをもらってました。

執筆 2013年1月14日
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