吉見百穴のもぐり方

疲れはたまっていたものの、ちょっと興味がわいた史跡まで行ってきました。

目的地
今回の目的地は「吉見百穴」。
歴史の教科書をひっくり返してみれば、どこかに載っていると思います。
歴史的価値のある横穴群なんですね。

この百穴がどこにあるかは流石に覚えていらっしゃらない方が大半かと思いますが、埼玉県にあります。
位置的には、鷲宮神社から西に車で1時間ちょっと行ったくらいになります。

ちなみに、読みは「よしみひゃくあな」「よしみひゃっけつ」のどちらでもいいそうですが、
地元及び管理している吉見町の公式な読み方は「ひゃくあな」のようです。

周囲に武蔵丘陵森林公園、岩鼻運動公園などを擁する比企丘陵があり、この百穴がある吉見町もそれとそれから連なる比企丘陵に属しており、
緑豊かな地域にはあるものの、特に山を登り上げるわけでもないので、とても行きやすいところでした。

吉見百穴

近づくにつれだんだんと見えてくるこの光景は実に異様で、奇勝に挙げられていてもおかしくないようなくらいです。
ぶっちゃけ、お金を払わずとも外観だけは見ることができるので、その部分ちょっと損をしているところはあるかなあと思います。
私はちゃんとお金を払って入りましたが。

この百穴には、実は3つの顔があります。

1つは、その名の通り山に開いた穴。
2つは、野生のヒカリゴケの生息地。
3つは、軍需工場跡地。


まず1つめ、穴について。

とにかく写真を見てもらいたい。インパクトは絶大






山肌に開いたこの穴は、元々開いていたわけではありません。
内部に空洞があることがわかり、明治時代に行われた発掘作業によって、大小219個からなる横穴が見つかったのです。

当初は、コロボックルの住処だと言われていました。
牧場物語や、ハチミツとクローバーに出てくるアレ…の元になった、北海道のアイヌと交流があったと言われる背の低い種族のことです。
しかし、そののちの研究により、その構造や出土品から横穴墓であることが明らかになりました。
作製時期は古墳時代の初期です。
大森貝塚を発見したモースも来訪したことがあるなど、歴史的にも大変重要な史跡です。

戦時下では、いくつかの穴が潰され、軍需工場となりましたが、
それ以外の穴は保存され、今に至ります。

おそらく落書きとして掘られた跡が


2つめ、ヒカリゴケ。
この穴の一部では、野生のヒカリゴケが自生しています。
関東でヒカリゴケが自生しているのは珍しいことです。

緑に光っているのがヒカリゴケです。若干大きめに掲載させていただきます

ただし、昨今の温暖化等により、数はどんどん減って行っているようで、
天然記念物であるために手がつけられず、地元も手をこまねいているようです。


3つめ、軍需工場跡地。
戦時下に軍需橋上の白羽の矢が立ち、最下部にあった穴を削る形で、軍需工場と迷路のような通路が掘られました。
史跡を破壊するという不本意な形ではありますが、ここでは百穴の涼しさを体感することができます・
今は一部しか見学することができませんが、公開されている穴の数倍の広さの通路が現存しています。

水月やひぐらしにあったような隧道



この百穴自体が、小高い岩山のようになっています。
頂上までは、階段を上って10分ぐらいなのですが、これがいい運動になります。
周囲は木で覆われていて、風景がよく見えると言ったようなことはないのですが、
様々な自然スポットよりも、よっぽど緑を感じられます。

小高いことが分かる

頂上にあった「本危」っぽい柵


だいぶ疲れているところで、無理矢理行った感もありましたが、
体力的には若干疲れましたが、それ以上に元気をもらいました。
本当に、下手な自然スポットよりもこっちの方がいいですよ。

観光地としてはあまり有名ではありませんが、都心からも結構近いところにありますので、
お出掛けになっては如何でしょうか。

全体像




執筆 2011年5月21日
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