三度、西へ。〜本州大脱出〜


今回の旅は、かなり突発的に決まりました。
元々、GWに旅行には行けないと思っていたのですが、
色々めぐりあわせがございまして、休みが取れることに。

突発といえども、旅の案はかねてから温めていたものでした。
最大の目的は
秋芳洞へ行くこと
そして、
歩いて本州から始めて出ること

こういったことから、本州の西端、山口を軸とした旅となりました。

1日目
初日は移動だけでした。
大阪にベースキャンプを張り、翌日からの行動に備えます。

2日目
いい日旅立ち
山陽・九州新幹線「みずほ」に乗り込み、一路山口を目指します。
車掌さんが「のぞみ」と言い間違えていました。

乗り継ぎのため下りた徳山で早くもアクシデント発生。
乗る予定だった電車が運休してしまったのです。
色々悩んだ末、行く予定であった毛利氏庭園を諦めることに。

防府
まず最初の目的地、防府です。
最近では「マイマイ新子と千年の魔法」の舞台としてちょっと有名になりました。
天満宮へ至る商店街では、昭和チックな雰囲気を醸し出しています。
こんなところがあったりと。

昭和レトロを扱った資料館。マイマイ新子も

防府天満宮
駅から歩くこと約20分、防府天満宮に到着です。
日本で一番最初の天神様という、由緒ある天満宮です。



防府天満宮。天候不順でも赤が映える

龍が掘ってある

色々な目を引くスポットがあるなかで、ここでよかったのは、実は茶室の庭園。

茶を飲むのは有料ですがここまでは無料とのこと。この庭は見事

旅の無事を祈りながら、あまり時間もなかったので次の目的地へ向かいます。

「もう少し時間が欲しかった所だわ」

小郡改め新山口
山口観光の中心地、新山口です。
かつては「小郡(おごおり)駅」でした。
そちらの方が耳慣れている方も多いかと思います(新幹線開通により平成15年に駅名変更)。

ここでは、運よくSLやまぐち号を見ることができました。
ただ単にSLが走るだけなのかと思っていたら、内装もしっかりしているんですね。
大正浪漫に仕上げられていて、これだったら指定席を取っておくべきだったなあと思いました。

黒煙を上げ出発の準備をするSLやまぐち号

このことを駅もよくわかっていて、駅の内装までレトロちっくに。
こういった試み、いいですね。

「この駅からは大正時代にタイムスリップできるのかしら」

津和野
次なる目的地は津和野。
山口と思われがちですが、実は島根県にあります。
ちなみに、山口もそうでしたが、私にとって初の島根県入りとなります。

ここへ至るまでの山口線の風景は、自然に溢れていてよかったです。

殿町通り

津和野駅を降りると、このような光景が広がっています。
元々の城下町らしい、しかしどことなく違うような、なんとも津和野らしい風景です。
キリスト教ともつながりがあるため、街中に教会があったりと、独自の文化を育んでいます。

殿町通り。石畳とお濠、武家屋敷の町並みの融合



お濠には鯉が多数泳いでいる

多老門

養老館

津和野カトリック教会

邇栄神社

ネイティオ

太鼓谷稲成神社
そして津和野といえばこちら。

太鼓谷稲成神社入口。稲”成”で合っている

伏見稲荷でもお馴染み千本鳥居

「右の道と左の道、どちらにいけば私の未来は開けるのかしら」

太鼓谷稲成頂上。大勢の人でにぎわっている

最初の衝撃は、実は車窓からでした。
緑の山に、いきなり映える朱色が出てきたと思ったら、それがこの稲成だったのです。
それはもうとてもすごい光景で。
一瞬で心を奪われました。

緑に映える朱

遠くの朱が稲成。車窓からはもっと幻想的に見える

山の上にあるものの、登るのにかかる時間はそれほどでもありませんでした。
登り終えた後に待っているのは、やはりはちきれんばかりの朱。
ちょうど桜の花も咲いており、いい季節に行ったなと思います。

「この桜は・・・八分咲と言った所かしら」

『お稲成さまの素い揚』

乙女峠マリア堂
キリシタンの流刑地となったことで、このようなものも残っています。
峠と名の付くだけのことはあって、ここまで至る道は非常に険しいです。
足が疲れました。

とんでもない素い旗

乙女峠マリア堂。深い歴史がある

永明寺
意外な穴場だったのが、このお寺。
正直、最初はノーマークで、訪れたのも旅の最後だったくらいです。
きつい坂道を登った所にあったのは、非常に静かで荘厳な雰囲気のお寺でした。


緑が素晴らしい。
その中に、堂々とどでかいお寺が聳えています。
久しぶりの良いお寺巡りでした。

東光寺。緑の中の重厚なお寺


津和野は私に非常に合っていて、全体的に、非常に居心地のいいところでした。
帰り際偶然に、ちょうどSLの発車場面に遭遇できました。

黒煙を上げて走るSL

「たまにはこんな環境破壊もいいものね」

湯田温泉
湯田温泉はちょうど宿泊地だっただけなのですが、ここの泉質もよかったですね。
龍神温泉ほどではないものの、ぬめりがあってよかったです。
近くに中原中也記念館があったものの、残念ながら行くことは叶いませんでした。

白狐が温泉を見つけたという伝説がある

3日目
秋芳洞
日本でもっとも有名な鍾乳洞と言って差し支えないでしょう。
この旅最大の目的地でした。

大地が作り上げた景勝。
目の前に立った時は、そのスケールに圧倒されました。

秋芳洞入口。思っていたよりも狭い

山道なのかと思ったら、内部はかなり整備されており、歩きにくいなどはありませんでした。
やはり暗く、デジカメが使い物にならなかったため、記録できたのはほんの一部です。
自然が作り上げた作品を、この目に焼き付けてきました。

百枚皿。本当は500枚以上あるらしい

石灰質が長い年月をかけてここまで成長した

黄金柱

秋吉台
秋芳洞を抜けて300mくらい歩くと、秋吉台に出ます。

この光景は、今回最も不意打ちを食らったところです。
どうしても今回、メインは秋芳洞で、秋吉台もいいところだけどどうしても付随的な感じではあったんです。
ところが、目の前に広大な風景がいきなり現れて。

感嘆の声しか出ませんでした。
アメージング・グレイス。
そこに広がっていたのは、大地からの恵みの風景でした。

「こんな光景がまだあったなんて…日本も捨てたものではないわね」

そんなこんなで、大満足の秋吉でした。
当初は5時間を予定していたのですが、3時間で十分満足できます。

踏破!関門トンネル
そして次なる目的は、「本州を歩いて出る」こと。
つまり、関門トンネル(人道)を歩いて渡ることにしました。

関門トンネル人道入口(本州・下関側)

バスで下関側の関門トンネル人道入口に行き、エレベーターで下がったら、そこはもうトンネル。
ひたすら歩いて、あの地点を目指します。


山口県 ←本州
――― 
福岡県 ←九州

そして、たった今、県境を跨ぎました!(Hakanayuki Blog より)」

そしてこの地点です。
この線をまたいだ瞬間、私は「2つの州に股をかけた男」になりました。

ちなみに、渡った先、門司側の関門トンネル人道入口は
実は下関のそれと大差がありません。

関門トンネル人道入口(九州・門司側)


ちなみに関門大橋はこんな感じにどでかいです

門司
渡った先すぐにあるのが、海に面している和布刈神社。
これで「めかり」と読みます…ふつうは読めません。

和布刈神社

レトロスペクティブ門司港
トロッコに載って、門司港レトロを目指します。


東方CD「卯酉東海道」に倣ってレトロスペクティブと謳いましたが、
実はこれ、あながち間違いでもなく、
門司港レトロの由来も、門司港レトロスペクティブ(回顧)です。

旧三井倶楽部

門司港駅。徹底してレトロである

旧大阪商船

国際友好記念図書館

旧門司税関

はね橋ブルーウィング門司。実ははねなくても舟がゆうに通ります

三宜楼

感じとしては、横浜に非常に近いのですが、
より観光地として整備されています。
歩きまわっても、何処を取ってもレトロな雰囲気が漂っており、ここらへん、街づくりをよくしてきたなあと感じました。
気付かぬうちに、5時間弱歩き回っていたようです。

門司港の風景

不動坂

零哩

ここでは、瓦そばが非常に美味でした。

夕方になると、さらにレトロ感が増します。

あまり夕は焼けなかった



夕方の門司港駅。レトロスペクティブへの誘い

4日目

最後の目的地・萩です。

萩の街は非常に広く、観光の中心となるのはJR東萩駅と萩バスセンター。
いろんなところを回ろうとしましたが・・・
あまりに広く、断念しました。
下調べの不足が、ここで出てしまいました。

萩反射炉

萩反射炉は、日本に2基しか現存しない反射炉のうちの1つです。
もう一つは静岡県の韮山にあります。
貴重な史跡であるものの、あまり有名ではないのか穴場でした。
間近で見ると結構すごいですよ。

松陰神社・松下村塾
吉田松陰ゆかりの地。
何故か神社になっています。

松陰神社

松下村塾の小ささに驚いていた人も結構いましたが、
寺子屋のような感じなんですよね。
教える内容が違うというだけで。
本当に名だたる人材を多数輩出したところであります。

松下村塾

実際の松下村塾はこちら


伊藤博文旧宅

東光寺
毛利式数代を待つっている寺なのですが、
自然と非常にマッチしており居心地が良かったです。
ツツジ(だと思うのですが…)が両側に植えられた中を進むと、木造の立派な門が出現します。

東光寺総門

両脇にツツジ。正面に大きな三門

東光寺本堂。黄檗宗らしいつくり

そしてここのもう一つの見どころは、毛利氏廟所。
お寺の裏手にあるのですが、石造りの墓が整地されているところは圧巻です。

毛利家廟所。奥まで石造りのお墓

城下町
ここからの紹介は、雨が降ってきたりしたこともありかなりグダグダになりますが・・・

まず、萩城下町地区です。
木戸孝允や高杉晋作などの旧宅が並ぶ、城下町らしい町並みです。
菊屋家旧宅等もあります。
私は高杉晋作旧宅だけ見学しました。
いずれも、なかなかせまっこいところなので、大変です。

萩城下町

高杉晋作旧宅

萩城北門


ここから西へ歩くと、萩博物館などがあり、さらに西へ行くと、萩城跡に当たります。
萩城は、背後をしづき山に囲まれており、これなら攻め込まれにくいわけですね。
実際、今現在は公園となっている訳ですが、それでもこの山の威圧感はすごかったです。

萩城址と指月山

あとは中心地へと戻りながらのところにポイントが2つ。
まず一つ目は、鍵曲。

城下町で、追手から逃げられるように、わざと直角にした道のことです。





こんな感じ。

もう一つは、旧明倫館跡。

明倫館南門は現存しているようでしたが(見れず)、元あった場所は草っぱらのようになっておりました。

とりあえず萩観光を終えて、
萩を観光するには、諦めるか絞るかしかないですね。
とにかく地域が広大(駅で3駅分)なので、回るなら自転車なのですが、
しかしながら萩の街は、歩くくらいの速さで見るべきなんです。
城下町ですからね。
ここらへんが非常にジレンマなんですよね。
「萩」というよりも「松下村塾」というように、個別にスポットを当てていくくらいがちょうどいいのかもしれません。

まとめ
突発だったがゆえに、随所に無駄や計算違いが起こった旅でした。
また、毛利氏庭園、瑠璃光寺、中原中也記念館、桂太郎旧宅、竜宮の潮吹き・・・など、
行けなかった所、周囲の観光地にあってどうしても日程の都合上断念したところもあります。

でも、その割には大満足の旅でした。
津和野も秋吉台も門司も、色々あったけど萩も。

旅にアクシデントはつきもの。
それをどうやって楽しくするかが、旅の至上命題なのかもしれません。



さて、次はどこへ行きましょうか。



執筆 2011年5月4日
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