再び、西へ。(日本三景制覇その他もろもろ旅行記)


これは、儚雪の空管理者、風花の3月1日から5日に掛けての旅行の模様を綴った旅行記であります。

はじまりの風

日本三景は、宮島、松島、天橋立のことを言います。
2008年3月、宮島(広島)。
2010年1月、松島(宮城)
ここまできたら、大学のうちに日本三景を制覇したい。
これが今回の旅の大きな目的の1つでした。

また、かねてから行きたかった場所に伊勢がありまして。
私がかねてから好きだということを触れまわっている「半分の月がのぼる空」の舞台が伊勢であるということも大きな理由ではあるのですが、伊勢神宮に行ってみたいという想いも、これまた強く。
伊勢の街を体感してくるということが目的の2つめでした。

ただし、それには距離的な問題があります。
天橋立は京都府にあるのですが、その位置が結構厄介で、京都市からさらに電車を乗りついて3時間もかかるのです。
つまり、京都駅周辺の神社・仏閣に行くのとは全く考え方を変えた予定を組まなければならなく。
それと、紀伊半島の南東に位置する伊勢ですから、だいぶ距離が離れています。
そこでこう考えました。
”長い日程を組んで、いろいろなところを回ってこよう”と。
一人きりの卒業旅行です。

そう考えると、フル活用できるのが「青春18きっぷ」。
長い距離を移動するので、すべて18きっぷというのはなかなか難しいのですが、使い方によってはかなり有用なので、それを念頭に置いて計画を立て始めました。
いろいろ調べ始めたのが、なんと今年の1月。
松島に行くあたりでも、大まかな日程は考え終わっていました。
それから2ヵ月間、思考錯誤に錯誤を重ねて予定を組み上げ、今回の旅行に至ったわけであります。

実はこの旅行期間、天気予報は決してよくありませんでした。
曇り、雨、曇り、雨、曇り。
いちおう『観光地に訪れた瞬間だけ晴れる』という天気男なので、それがどこまで影響するかなあと思いながらの出立となりました。


3月1日

再び、西へ

関東の僻地住まいなものですから、まず東京に出ることから旅が始まります。
このあたり、だいぶ旅慣れてきたなあという思いも強いです。
山手線内のCMでトータルテンボスが出てたのを見て「出世したなあ」と思ったことを、また帰りに同じCMを見て思い出したり。

東海道本線を乗り継ぎ、西へ。
周りを見た感じだと、同じように「18きっぷで旅行してるな」という感じの人たちが見受けられました。
違いは、こちらは一人旅だということなのですが。

東海道本線は、実は今回の旅で一番いいなと思った路線でした。
特に小田原を過ぎたあたりからなのですが、ちらほら見えだすのです、海が。
そんなに海に縁がない僕としても、そりゃ海が見えればテンションが上がります。
海岸沿いに限るのですが、そういったところがよかったですね。

あともう一つ、確かに静岡は長かったという話。
途中経過を載せていたブログでも書いたのですけれども、なんと静岡を通り過ぎるのに3時間半かかりました。
確かに横に長い上に、海岸沿いを走っていくので時間がかかるのは分かるのです。
わかるのですが、それを知った今でもなぜあんなに長いのかは納得がいかない部分があります。
「バカ日本地図」で”謎”とされるのもわかります。


まず向かうのは名古屋。
今までは乗り換えの中継地として機能してきた名古屋ですが、普通列車を乗り継いでいく分には、観光も兼ねるとここら辺がいいポイントになってくるので、あえて最初の訪問地としました。

ちなみに、名古屋めしは矢場とんで味噌カツを頂きました。
味噌カツという名前なので、もっと濃いみそ味なのかなと予想していたのですが、予想していた味とは違って、ちゃんと肉とあった濃さでした。
ソースかつ丼のソースがみそ味になったという感じでしょうか。
空腹の腹に沁みわたる味でした。


名古屋城

最初の観光地は名古屋城。
着いた途端に雨が降り出して、あまりいい天気ではありませんでした。

外観もさることながら、名古屋城で驚いたのは城の中にある展示。
正直、外観だけは立派でも、中は土産物屋みたいになっているんじゃないかと、今までのいろいろな城めぐりの景観と、雑誌からイメージしていた知識からそう思っていたんですよ。
あまりにも浅はかでした。
展示物もさることながら、当時の様子を再現してあったり、金鯱があり、岩を引っ張って動かすものがあったりと、ただ単に資料一辺倒ではなく、趣向に凝らされた出来で、楽しむことができました。
撮影は問題なかったらしいのですが、やはりああいった展示は実際に見ることが大事だと思うので、撮影枚数は少なめでした。


名古屋城。屋根が緑色、もちろん鯱は金。


この日は初日ということもあり、翌日に備えて休息を取りました。


3月2日

この日まず降り立ったのは近鉄名古屋駅。
近鉄の駅にある列車案内版は電光掲示板ではなく、板がパタパタ回るタイプだったのですが、そういった形式のものにはあまりお目にかかれないため、レトロで好きでした。
そんなことはあまり関係がなく、次に向かったのは伊勢。


伊勢

天気予報は雨のはずなのに、なぜか伊勢は快晴。
流石アマテラスだと思いました。


まず自転車を借りようと、一部では有名なビジネスホテル山本に行って手続きをしたのですが、ここの人が本当に丁寧に対応をしてくれまして。
ビジネスホテル山本というのは、「半分の月がのぼる空」でモチーフとして出てくる砲台山のもとになった山「虎尾山」の保全活動を、NPOをつくってしているすごい所なんですよね。
そのこともあって、「半分の月がのぼる空」の舞台を巡礼する人に無料で自転車を貸し出してくれるのですが。

そのこと自体がとてもありがたいのですけれども、その時に伊勢神宮や観光についていろいろ話してくれまして。
僕はおそらく、傍から見たら”ただの半分の月好きな人”のはずなんですけれども、伊勢神宮の成り立ちや、どう回ったらいいということを本当に熱心に教えてくださって、「伊勢という街が本当に好きなんだなあ」という思いが伝わってきました。
このあたりから思い始めたことなんですけど、伊勢の人は本当に親切な人が多かったです。


伊勢神宮(外宮)

まずは外宮から訪れるのが通例ということで、伊勢市駅に近い外宮へ。
このときはまだ時間も早かったので、人が少ないところをゆっくりと訪問することができました。


第一鳥居。なんか神秘的な聖域に踏み込んでいく感じがする

実は最初に目についたのは、建物ではなく、その自然。
ものすごく自然豊かなところに立っているなあという感じを受けました。
敷地もかなり広大なんですよね。


これだけ自然あふれる神社内

あと、もう一つ気付いたのは「色がない」ということ。
一般的に、神社って赤いイメージがあると思うんですけれども、伊勢神宮は押し並べて色がありませんでした。
一部赤いところもありましたけれども。

正宮は写真撮影ができないとのことだったので、写真はギリギリの当たりで撮ったものになっています。
ちょうど別の人についていたガイドさんがいろいろしゃべっていて、「鳩山総理が即位したときはそこまで入れる」
「皇室の人はここまで、皇太子はここまで、天皇陛下はここまで」
などという解説をしていて、そんな決まりがあったのかと思いながら聞いていました。
奥の奥まで行くためには、相応のお金を払わなければならないようです。

仮にも伊勢神宮のはずで、威圧感さえ感じていいはずなのに、なぜか居心地がものすごくよかったです。


外宮本宮。本殿は白い布で覆われて見えないようになっている


風宮


多賀宮


三ツ石


神馬。かなりおとなしかった


火除橋


勾玉池奉納舞台


月夜見宮

近くにある月夜見宮にも行ってきました。
ほんとうに小さいところで、いわゆるツクヨミを奉っている神社です。


月夜見宮


虎尾山(砲台山)

次は満を持して虎尾山にのぼることに。
「半分の月がのぼる空」の1巻において、裕一が里香をのせてバイクで登った山が砲台山で、その元となったのがこの虎尾山です。
元々は小高い山だったのが宅地造成やその後の台風などで崩落し、現在は有志によって新登山道(仮)が建設されています。

いざ登ろうと思ったのですが、説明は受けていたものの実際に行ってみると道が全く分からない。
あとから考えてみると、公園や石段、フェンス、扉などは複数あるので、それを間違ってしまうとたどり着けないんですよね。
ちなみに僕は、最終的に「分 譲 中」と赤い文字で書かれた住宅地を目印に登りました。

そしてここからが僕のバカなところなのですが、昇り口を見つけたはよかったものの、登り方がわからず、道なき道を登っていって、途中でコケました。
大変危ないので、皆さんは「扉を開けたところをがむしゃらにまっすぐ登る」ことだけはしないでください。
僕のように手をすりむきます。
本当は右に進んでいくのが正しい登山ルートです。


紆余曲折を経ながら、虎尾山の頂上へ。
実は住宅地の途中で街の方面を見たり、虎尾山に至る踊り場で見たときにも思ったのですけれども、ここからは実によく伊勢の街が見えます。
思わず「住みたい」と思ったくらいにいい街並みなんですよ。


踊り場からの風景。確かに伊勢がよく見渡せる


虎尾山頂上へ至る石段


虎尾山頂上

踊り場と言えば、そこに絵馬がいくつかかかっていて、しまった、買ってくればよかったと思いました。
橋本紡先生のものや(いい作品をこれからも書いてください)、綺麗な絵が描かれているものもありましたね。


絵馬に書かれた絵。本当に終わりのある永遠を望みます


橋本紡先生直筆と思われる絵馬

恒例となった「登山ノート」に私も書いてきました。
なんと書いたかは…実際にいた人だけ見てください、実に頭の悪い文章を書いてます。
超肉先生(名義が山本ケイジではなかった)の「新月」のイラストが張られているノートですが、表紙が斜めに破けてしまっていたのはちょっと残念でした。


登山ノート。表紙は超肉先生

















ここら辺が虎尾山のヒント


続いては、こちらももう恒例になったまんぷく食堂へ。
dragonflyよろしく、からあげ丼に挑んできました。

観た感じは親子丼のような感じなのですが、卵がトロトロの上に、鶏肉が本当に良く煮込んであって、確かに「ここでしか食べたことのない」丼でした。
味もものすごくよくて、食べる手を止めずに一気に食べてしまいました。
実際に、これを家庭で再現しようとしたら、かなり難しいでしょうね。
おそらく昔から連綿と受け継がれている味なのだと思います。


まんぷく食堂



猿田彦神社


伊勢神宮(内宮)

僕が付いた頃には、もう沢山の人で賑わっていました。
敷地は外宮に輪をかけて広いのに、人がどこに出も沢山いる様子は、いかに観光客が多いかの証明です。
ちなみに、ここでもまた石段でズッコケかけました。

まず宇治橋から始まり、五十鈴川、一の鳥居、二の鳥居、正宮・・・
こちらの特徴は、自然豊かなところに外宮以上にいろいろなものが存在すること。
宮だけではなく、橋であったり、池、川など、本当に多いのです。
たぶん、隅から隅まで見ようとしたら1日ではとても見きれないような気がします。




宇治橋と鳥居


火除け橋


五十鈴川


第一鳥居




神楽殿


内宮本宮。やはり布で覆われている


御稲御倉


荒祭宮


こちらにも神馬。白い


池の鯉


鹿がいた。食べ物を与えてはいけません



伊勢神宮の内宮、外宮の両方に共通することですが、伊勢神宮からは「日本」というものを感じました。
例えば、ここから写真を撮ってはいけないとか。
神社でのお参り作法とか。
たとえば、伊勢神宮で誰がどこまではいっていいとか。
どんな人でも、日本人は、それを律儀に守るんですよね。
そういったところから、伊勢神宮に行ったはずなのに日本というものを見せつけられたな、と思います。
もしかしたら、日本で最も根付いている宗教は神道なのかもしれませんね。
最近は新党ばかりができていますし(しんとう違い)。


そして外せないのは、おかげ横丁とおはらい町。
一時期問題にもなりましたが、あの赤福を中心として、伊勢神宮とともに発展してきた社前商店街です。
本当に食べるものやおみやげが所狭しと売られているんですよね。
僕も赤福や横丁焼きを頂きましたけれども、やはりおいしかったです。
・・・実はこれが死亡フラグ。


赤福本店。座って赤福が食べられます




おかげ横丁



月読宮

次に、内宮からも外宮からも離れているところにある月読宮へ。
前述の「月夜見宮」とは読み方は同じですが全くの別物です。
祀られているのは、イザナギ、イザナミなど・・・つまりそのあたりです。


月読宮鳥居


月讀荒御魂宮


月読宮


イザナミ


イザナギ

実はここに至るまでに、だいぶ迷いました。
旅先で迷うのは古くからの僕の真骨頂なんですけど、方向音痴ではないのに地図を見ても間違うんです。


蔵の町河崎

最後に時間もあったので、7伊勢神宮とは全く離れますが、蔵の町・河崎へ。
河崎という所は蔵が並んでいたことからこう呼ばれていたそうなのですが、伊勢の近くにあるということを知ってからは、時間があれば行きたいと思っていました。
元々よる予定がなかった河崎商人館が休みだということもあり、人手がなかったのが幸いし、街並みをゆったり眺めることができました。
ここにある川もかなりいい景色だったんですよね。








蔵の町河崎


なぜか半分の月映画版のポスターが貼ってあった


再決戦マウンテン

ここから一路名古屋へ戻り、マウンテンへ再攻することに。
2年ぶりの邂逅となります。
今度は「小倉スパ」を頼んだのですが…



抹茶小倉スパ。途中下山(実際には半分食べた)

味はいいんです。
いいのですが、フォークが全く動きませんでした。
よく考えなくても、伊勢で食べ歩きをしてきたあとに、さらに甘味が加わるというのはかなりきついものであります。
ということで、あえなく途中下山と相成りました。

これで1勝(メロン)1敗(小倉)。
空腹でなかったことが敗因と思われるので、3度目があるのならば、今度は胃の中を空っぽにして望みたいと思います。


3月3日

前日の小倉を引きずりながら今度は一時京都を目指します。
「伊勢と天橋立の間にあるから京都もいいんじゃないか」という思い付きによって組まれたルートでした。
いろいろ調べたことで、1日で回れるところはせいぜい4か所だということが分かっていたので、行きたい所をかなり絞り、4か所に行ってきました。

ちなみにこの間、頼みの綱の新快速が止まり、新快速よりも普通列車のほうが速いという奇妙な事態に陥ったりしましたが、予定からは大幅に遅れたものの、あとで微調整をかけることで何とかなりました。


竜安寺

石庭と言えば竜安寺、竜安寺と言えば石庭。
ということで、まずは石庭で有名な竜安寺に行きました。

石庭は、まさに「ここ教科書で見た風景だ!」という感じでした。
言ってしまえば、岩と砂がある、それだけなのですが、それがいいんですよね。
砂もよく見てみれば、同じ方向に線が引かれていたりと、そういう細かさがよくしているのだと思います。
この辺も日本ですよね、あるものだけで芸術をつくってしまうという。

申し訳ないながら、イメージだと竜安寺って「石庭と本堂」と言う感じだったんですけれども、流石に石庭を抱えているだけあって、自然の庭というのも凄かったです。
順路になっている部分は本当にいい庭(石ではなく木が中心)になっていて、敷地には大きな池もそびえています。





こちらは自然の庭


石段から見た本堂


石庭


池の奥にある鳥居っぽいもの


竜安寺を出たところで外国人に「竜安寺はここですか」と聞かれたので、「そうです」と返してきました。
これだけですが、異文化コミュニケーションができたなと満足したのはここだけの話。


ちなみに、竜安寺に至るまででも迷いました。


仁和寺

もともとは「竜安寺のすぐそばだから」という意図でルートに入れた仁和寺。
正直、仁和寺って「仁和寺なる法師」の話しか知らなかったのですけれども、あんなに敷地が広くていろいろなものがあるとは思いませんでした。

五重塔など、いろいろ印象に残ったものはありますけれども、やはり御殿の中の、靴を脱いで歩けるところが一番よかったです。
ああいった機会は本当にないので、行ってよかったなと。
中にはゆったり休んでいる人もいて、そういう利用法もあるのかと思ったり。






門とか


御殿のなか。この廊下がいい味を出している








以上が仁和寺。予想していたよりも多種の建造物があり楽しかった

清水寺

まさかのまさか、京都駅から清水寺まで歩きました。
このあたりから足が悲鳴をあげ出したのですけれども。
やはり観光客は多くて、清水寺に至る坂も賑わっていましたね。
僕もクレープを買ったりしながら登って行きました。

清水寺の印象は、伊勢神宮が「日本」ならばこちらは「国際」でした。
かなり有名な寺ですから、日本人はともかく外国の方も本当に多人数来ているんですよね。

ちゃんと順路ができているので、その順に回って行きました。
「清水の舞台」は、そこにいるときは写真が取れないんですよね、自分がそこにいるんですから。
斜めになっていて、これって本当に落ちる人が出てくるんじゃないかと心配したり。
本堂のなかでは鐘を叩くこともできて、ものすごく重厚な音がしました。

清水寺のなかにある地主神社は、最近になって縁結びの神様とか言われだしたような覚えがあるのですけれども、とりあえず「なんにでも効きます!」という感じになっていて、訪れた人がみんな笑っていました。
そこら辺からも、清水寺って普通の寺とは違って楽しかったですね。
寺に行ったというよりはテーマパークに行ったような、そんな気さえしています。


確か仁王門




清水の舞台


下を見るとこの怖さ








地主神社。この光景を目の当たりにして笑うのが楽しみ方




清水寺全景。こんなにでかい


このバカ、これからまた30分以上歩いて次の目的地に向かいます。


伏見稲荷

そして、どうしても行きたかった伏見稲荷へ。
これは、2chスレの「京都でお勧めのところ教えろ」を見てから、どうしても赤い鳥居が連なっているのが見たいという衝動に駆られてルートに組み込んだんですよね。

実際に見て、やっぱり圧倒されました。
本当に赤の赤がずっと向こうまで続いている光景は凄かったです。
神秘的ってこういうことを言うんだと思います。

そして、最終的に頂上まで登ったのですけれど、本音を言ってしまうと、四つ辻まで出よかったな、と。
というわけで、2時間もの間、石段を歩き続けました。
本当に、足が痛い痛い。
最後は本当に必死の思いになって歩き続けましたが、帰りに駅に着いたときはもう「この旅はこれで終わりにして帰らないと体力が持たないのではないか」と思ったくらいでした、この時点でライフは0でした。
実際には5日目まで持ったので、結構タフなのかもしれません。






我が家、ではなく日本のお稲荷さま










怒涛の鳥居トンネル




伏見稲荷大社の頂上、一の峰


あんまり見たことのないアングルで個人的にお気に入り




3月4日

もう体力的には満身創痍なのですが、何とか風呂でごまかしたりして、今度は一路北上し、天橋立を目指します。

天橋立に行くには「北近畿タンゴ鉄道」という電車に乗らないといけません。
これは採算が取れなくて第三セクター化した、元はJRの路線なのですが、この路線ものどかでよかったですね。

Kita Tango RailwayでKTRという略称なのですが、なんでNorth Tango Railwayでないのかとずっと考えていたのですが、なるほど、それだとNTRになってしまうから駄目だったんですね(そういうことではないと思います)。

天橋立駅に着いたときは、雨がまだ降っていて、途中までは雨の中の観光となりました。


智恩寺

まだリフトが動いていない時間帯だったので、近くにある智恩寺の方から回りました。
この寺がある天橋立駅周辺は「文殊」という地名であることからもわかるように、「三人寄れば文殊の知恵」のうちの文殊の1つであります。、お線香を供えると頭がよくなるのか・・・は分かりませんでしたが、煙を引っ掛けてきました。








智恩寺

近くには、「3回くぐると頭がよくなる」と言われる知恵の輪灯篭などもありましたが、あれはふつうにくぐるのは無理です…


荷物がなければ何とかなるかもしれないが危険なのでやめた。そもそも触っていいのだろうか


名産「智恵の餅」を出している店があったので食べました。
これは本当に人の好みだとは思うのですけれども、赤福より柔らかくて個人的にはこちらの方が好きでした。


天橋立

天橋立ビューランドのリフトが動き始めたので、登ることに。
こちらから見た天橋立は「飛龍観」と呼ばれ、股のぞきをすると竜が天に登って行くように見えることからそう名付けられたそうです。

最初はリフトで登ったものの、このリフトが揺れる揺れる。
途中までは恐怖で体が固まったままでした。
しかし、中腹を過ぎて、思い切って後ろを振り返ってみると、そこにはだんだんと姿があらわになる天橋立が。
このときは恐怖を越えた感動に襲われました。

山頂に着いてからは、何枚も写真を撮ったり、股のぞきをしながら見たり写真を撮ったりということをしていました。








天橋立飛龍観。逆さに見ると竜が天に昇って行くように見えるので、皆さんもモニターを傾けて見てください


なぜかこんな看板が


リフトを降りて、天橋立を歩いて対岸に渡ることにしました。
その入り口にある、1日に50回回転すると言われる回旋橋は、結局一度も回っているのを拝むことができませんでした。

平坦な道なので、前日の伏見稲荷に比べたら負担はなく進めるのですが、いかんせん距離が長く。
植わっているものは松なのですが、松で有名な松島と違う所は、すぐ近くに松があること。

あと、天橋立が海だなあと思わされるエピソードとして、松林の橋、海岸沿いは砂浜になっているということがありました。
砂浜なので、砂の質も何もかもが海。
実際、シャワーの残骸みたいなものも見受けられたので、泳ぐこともできるのかもしれません。

途中に橋立神社や磯清水等がありました。
残念ながら磯清水のほうは現在飲めないようで、手で触れる程度でした。
















天橋立珍道中。石清水あり、橋立神社あり


双龍の松の亡骸。木の根っこが確かに龍の頭に見える

そしてそれらを過ぎてから対岸までが恐ろしく長いです。
やっとの思いでたどり着くと、その道は元伊勢籠神社へとつながっています。
自然と観光ルートが作られているんですよね。


元伊勢籠神社

名前の通り、伊勢に移るまではここに社がありました、という神社です。
道路に面していながらもかなり大きい神社だと思うのですけれど、実は左側に行くとケーブルカー乗り場があるように、観光地化したような感じもします。
でも神社は神社なのですが。
天橋立にある神社としては最も大きな神社です。




元伊勢籠神社

傘松公園

籠神社からケーブルカーで登ったところにあるのが傘松公園。
便宜的に「下の傘松公園」都読んでおきます。
元々の「股のぞき」はこちらが発祥のようですが、本当のところは後述します。
ここから見た天橋立は「斜め一文字」と呼ばれ、股のぞきすると天にかかる橋のように見えます。


天橋立斜め一文字観。逆さに見ると天にかかる橋のように見えるので、皆さんもモニターを傾けて見てください

実際の「股のぞき発祥の地」は、ここからもう少し石段を登ったところにあり、知っている人でないとわからないようになっています。
こちらが「上の傘松公園」となります。
なので、地図によっては、「傘松公園」というのが2か所ある地図もあるのですけれども、これは間違いではなかったんだなあと思いました。
整備があまりされていないこともあって全景を見るのは難しいかもしれませんが、下の傘松公園よりも高さがあるところから見ることができるので、少し趣が異なります。


股のぞき発祥の地から。上の写真と比べても位置が高いことが分かる


眞名井神社

傘松公園から下がってきて、「近くに神社があるから言ってみよう」と思っていったのがここでした。
行ってみた感想として、なぜこの神社がクローズアップされないのかわからないくらいすごかったです。
僕はパワースポットやらその類の話はかなり信用していない部類ですが、この神社はそのなかでもすごい部類のパワースポットになりえるのではないかと思います。
わかりやすくすると、この旅で一番すげえと思ったのがここでした。

とにかく、森の奥にあります。
本殿がひっそりとたたずんでいる後ろにそびえているのが、とんでもない巨木でした。
霊木と言ってもいいかもしれないくらいすごかったです。
どのくらいすごかったかというと、「ここを舞台にエロゲが1本普通にできるぞ」と思ったくらいすごいところでした。

これについて、籠神社の巫女さんに聞いてみました。
眞名井神社は、もともとはアマテラスがはじめて降りた場所だとのことでした。
帰宅してからWikipediaで調べてみると、眞名井神社を映してきたのが元伊勢籠神社だそうで。
かなり由緒ある神社のようです。






眞名井神社。このお社と巨木には圧倒された


近くに「麓神社」という神社があったのでそこも寄ってきましたが、それはふつうの神社のようでした。
ただしこちらにもかなりの巨木があり圧倒されたことを覚えています。


麓神社と書いてふもと神社と読む


意図してはいないのに、図らずとも伊勢巡りみたいになってしまいました。


大阪

ここから一気に南下して、今度は一路大阪へ。
そして大阪駅について、人ごみに圧倒されました。
本当に歩くスペースがない。
周りにびくびくしながらの移動になりました。

とりあえず、大阪でも有名どころには行ったのですが、道に迷って、駅の周辺をぐるぐる回ったりしました。
くいだおれるつもりが、路頭に迷うことに。


かに道楽


グリコのおまけ

それでも、たこやきとモダン焼きはしっかり食べてきました。
たこ焼きは、もう全国に広がってしまった感がありますが、本格的に焼いてあったので美味しかったですし、モダン焼きはお好み焼きに麺という新しい発想で、鉄板で焼く焼きそばともまた別物なんですよね。
なかなか不思議な食感でした。


3月5日

最終日は西進し、まず姫路へ。


姫路城

最後の観光地は姫路城でした。

姫路の駅からまっすぐに歩いてくると城郭が見えてきて、遠くから見た感じでは名古屋城みたいな感じだな、と思ってしまったのですが、実際に間近にきて、これはとんでもない城郭だということがわかりました。
城がそのまま残っていると言われる姫路城ですが、これほどそっくりそのまま残っているとは思わなかったのです。
天守閣はもちろんのこと、堀や壁などもきれいに残っていて、だからこそ称賛されるのだと思いました。

開門が9時なのですが、それ以前にも敷地に入っていいそうで、観光客も結構来ていました。
9時前はもやがかかっていてあまり天気はよくなかったものの、時間を経るにつれどんどん晴れて行き、僕が城を出たあたりにはものの見事に快晴。
一番のピーク時に写真が取れなかったことが悔やまれます。

天守閣は、周りがいちもくさんに駆け上がって、駆けおりていくので、その流れにのまれてしまった感もありますが、展示物はそれほどありませんでしたた。
お城の最上階からは四方が見渡せるのですが、大手前公園から向こうが本当によく見えました。

階段の手すりに何か塗ってあったみたいで、出てきたら手が汚れてました。
最初はサビかと思ったのですが、よく考えたらあれは滑り止めだったのかもしれません。

ちなみに、天守閣の入り口から広場のギリギリのところまで出てみると、ものすごくいい形で姫路城が見えるのですが、結構スルーしている人がいて、もったいないなと思ったり。






こんなに大きくても姫路城の全景ではない


姫路城天守閣。とにかくでかい




おそらく「妖刀ハラキリ丸」の元ネタではなかろうか


播州皿屋敷のお菊井(戸)


あとは、工事中ではあったのですが、百間廊下なども見ることができました。
千姫については知識が乏しかった部分もあるのですが、これがきっかけでちょっと調べてみようと思いました。


百陂L下


千姫が貝合わせで遊んでいるところと書かれてあった


階段を上がったり降りたり、坂道があったりで予想していたよりは疲れましたが、いいものを見させてもらったなと思います。


帰路

そして、帰宅です。
姫路から一気に関東まで戻ってくるわけですが、新幹線を利用するのは本の一区間で、あとは特急以上を使わずに乗り継ぎまくって帰ってきました。
この旅のなかで電車の遅延が4回ほどあったので、予定していたよりも早い電車で帰って来たのですけれども、調べが及んでいなかったため、アナウンスを頼りに帰還することに。
帰りは寝るつもりが、あまり寝れませんでした。

それにしても、半日をかけて帰ってくるのですから、すごいことをやったなと、そう思います。


終焉と始まり(エンディング)

こうして、5日間の旅が終わりました。
この旅行記の執筆時間は、現時点で5時間超。
そして、書けなかったことも本当に日本海溝並みにあります。
この旅行中に撮影した写真は、なんと1005枚。
もはやとんでもない領域です。


今回の旅は、それなりに有名であるところの観光地を、自分が生きたいとおりに回ったので、外れがなかったのがよかったと思います。
ただそれだけではなく、普通の観光客は到底行かないであろうところも訪問できたのが一味違ってまたよかったなと。
旅行ツアーなんかでは出来ない芸当ですからね。

得るものもものすごく大きかったです。
今回の旅は、モヤモヤを打破できたような、そんな感じがします。



あまりまとまらないのはいつものことなので、これで締めさせていただこうと思います。
本当に、旅っていいですね。


執筆 2010年3月6日
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