西へ。(厳島神社その他もろもろ旅行記)


これは、儚雪の空管理者、風花の3月2日から5日に掛けての旅行の模様を綴った旅行記であります。

旅行前

厳島神社に行きたい、というのは前から考えていたことでした。
しかし、計画性がまったくなく、だらだらしていたためにその機会を失ってしまい。
来年度からは時間も取れないだろうということで願わくば今年の春頃に行きたいなあというのがありました。

この旅を具体的に考え始めたのは2月の初旬頃でした。
本気で行くつもりだったかどうかは今は思い出せませんが、けっこう軽い気持ちで調べはじめたら本気で調べていた、というのが真相だと思います。
僕に使える術はネットしかありませんから、検索して検索して検索して・・・
ほとんどをインターネットで調べて調べ上げました。

ちなみに、今回の旅行では青春18きっぷは使用していません。
期間内ではありますが、もともと行くところが決まっていたということもあり、18きっぷを使うとかえって高くなってしまうんですよね。
100キロを越えるとJRは各所乗り降り自由ですから特に18きっぷを使うメリットも無いだろうということで普通にきっぷを買いました。
旅行前に乗変のことを書きましたが、これはきちんと説明したのにもかかわらず出発日時が1日ずれていたからでして。
やはり日にちをまたぐ買い方をするときには気をつけたほうがいいですね。

調べても調べても新たな問題点が出てくるという状況で、これが確定した日からは毎日1時間以上調べ物をしたりしていました。
浅はかながら、厳島神社は広島駅の近くからフェリーが出ていると思っていたのですよ。
原爆ドームも駅から5分から10分くらいなのだと。
電車に乗らないといけないということを知ったときは、本当に血の気がさーっと引きました。
旅を甘く見たらいけないということです。

不安な点も山ほどありましたが、なんとかそれを最小限に留めて出発日を迎えました。


3月2日
西へ
まずは東京駅に向かいました。
関東のはずれなので東京まで出て行くのにもけっこう時間が掛かるのですが、今回はあまり長くは感じませんでした。
この後に控えている日程を考えると、そんなの微々たるものでしかなかったんですよね。
去年「秒速5センチメートル」を見に行ったときは東京が終点だったわけですが、今回はそこが始まりのようなものでした。

早めに東京駅に着きホームに行ったら、予想以上に人がいまして。
乗る人かと思ったら、どうやら電車を撮っているようです。
思いかえしてみると、確か「特急銀河」が廃止になるとかいう話を調べの時点で知っていたので、それか、と。

廃止となる寝台特急「銀河」。警備のために駅員が5,6人いた

その最中、なぜかわかりませんがその集団の一人に声をかけられました。
どうやら鉄オタと間違われたようです。
そのときは「いえ、違います」で終わったのですが、周りを見回してみると名前を聴かれたりねちっこく付きまとわれている人もいたので、これはまずいと思って一度ホームをあとにし、一般通路まで戻りました。
わからなくもないんですよ、廃止になるから写真を撮るというのは。
ただ、他の人まで巻き込むのは聊か感心しないなあと思いました。

しばらく経って戻ってみると、だいぶいる人が変わっていました。
「ムーンライトながら」
青春18きっぷでも510円払えばそのまま乗れるリーズナブルな夜行快速です。
乗ってみると、学生っぽい出で立ちの人が多かったので心なしかホッとしました。


3月3日
満員となったながらは大垣に向けてゆっくり走り出しました。
これで関東とはしばしのお別れです。
いざ寝ようと思ったのですが、これが全く寝れず。
当たり前のことですが走行中ですし、そのうえながらは速度を頻繁に変えたり、各駅の停車がすごく長かったりで安定していないんですよね。
45分目を瞑って15分目が覚めるという繰り返しをやっていました。
周りを見ても、たぶんぐっすり寝られたという人は一握りだったのではと思います。
ちょっとしたトラブルなんかも車内であったりして。
耳栓かクラシックが流せる音楽機器、アイマスクなどがあればもう少し寝られたのかもしれません。
これに関しては、もう少し調べていくべきだったと思いましたね。
そんなこんなで、睡眠時間合計3時間20分の僕を乗せたながらは一路名古屋を目指してひた走りました。


名古屋駅での乗り換えは案外うまくいきました。
構内のつくりがシンプルなので予想以上に時間を取らないんですよね。
ここからは新幹線で広島を目指すことになります。
今までずっと電車だったのでそれに比べればすごい楽でした。

新幹線車内でJR東海の乗務員のあまりの腰の低さに吃驚しました。
対応の恭しさに、新幹線を指定席を取って乗るのはそんなにリッチなのかとも思ったりしましたが、そのほかの対応を見てもそういうわけではなかったようで。
ここで駅弁を買って食べましたが、可もなく不可もなくで少し残念でした。
ちなみに、あとで気づいたのですが、僕が乗ったこの新幹線、最新型のN700系だったようです。
まさかそんな最新のに乗るとは思ってもいませんでした。
確かにフォルムが独特だったような気もします。


そんな中、無情にも雨が降ってきました。
恵みの雨と呼ばれることもありますが、旅人にとってはマイナス以外の何者でもありません。
もともと広島は雨、という宣告が天気予報でされていたのですが、何でこういうときだけ予報って当たるんでしょうか。

不安いっぱいのまま、雨が降り止むことだけを考えながら広島へと向かいました。


厳島神社

広島駅で3分間の乗り換えに挑戦するものの、鼻の差でドアが閉まり、次の便を待つことに。
このとき鳩を見つけて写真なんぞを撮っていました。
今考えると、携帯だけではなくデジカメでも撮って置けばよかったですね。
次の便に飛び乗り、宮島口まで移動します。
関東にいるときにはあまり気づかなかった車掌の笛の音がすごくよく響いていたのを覚えています。
「ゆき」のきっぷがここで改札に吸い込まれました。


駅を出ると、奇跡的に雨は上がっており、雲ひとつない・・・というわけではないものの悪くはない天気になっておりました。
傘を買おうかどうか悩んでいたのですが、買わなくてよかったです。
国道2号線をくぐる地下道をくぐると、もうそこは一面海。
フェリーに乗って宮島を目指します。

陸地から宮島までは、予想以上に短かったです。
僕は水上恐怖症なのですが、船上から大鳥居を撮影しようとデッキに出たりしました。
特に酔いもせず、下を見なければなかなかいけるものです。
若干もやがかかっていて澄んだ風景ではありませんでしたが、海からの大鳥居はばっちり見えました。

フェリー上からの大鳥居。もやで霞んでいる
近くて遠い、遠くて近い。
動いているものの上から対象物を捉えるのは、やはり難しいですね。
カメラから見る風景と実際にこの目で見る風景では、当たり前ですが違うんですよね。


宮島に着いて、真っ先に厳島神社へ。
鹿がいました。

宮島にいた鹿。神の遣いらしい。飼われているわけではなく普通に歩いている
厳島神社となると水中にある鳥居というイメージが強いと思うのですが、潮の満ち引きで水にどっぷり浸かることもあればほとんど浸からないこともあるので、タイミングを逃すといい絵が撮れなかったりするのです。
ちょうどこの日は若潮でしたが、満潮を迎えて2時間後でしたのでこれ以上引くとダメだと思って真っ先に撮りました。

宮島から見た大鳥居。撮った中で一番の力作


やはり不思議な感じでしたね、本来は陸上にあるものが水中にそびえているというのは。
今まで見たことが無いわけで、新感覚でした。
これで天気がよければよかったのですが、贅沢はいえません。

入り口に巫女さんがいたので声を掛けながら、厳島神社の本殿へ。
写真は撮ってもいいということだったので、かなり撮りました。
赤い建造物ですが、その赤がやけに映えるんですよね。
赤というよりは朱というべきか。
こちらも下に水がある状態だったので、社と水のコントラストは神秘的でした。
この時点でデジカメの枚数を表す文字は50枚をさしていました。












厳島神社を出たその後はいくつかの寺社を回りました。
清盛神社は予想通りそれほど大きくはなかったですね。

清盛神社。地図によっては書かれていないほどひっそりとたたずんでいる
ふつうの観光客はあまり行かない上のほうまで登ったり、秀吉ゆかりといわれている大聖院にも行きましたが、建物よりもおみくじなど営利目的なもののインパクトが非常に強くて、あまりいい気分ではありませんでした。

多宝塔。ここからは厳島神社周辺が一望できる

多宝塔からの眺め。かなり高い位置だが大鳥居ははっきり見ることが出来る

大聖院の門。本堂っぽいところは半分をおみくじ売りブースが占めていたため掲載しない

大聖院から見下ろした石段。よく撮れている。ちなみに今変換したら「大勝因から見下ろした医師団」と出た
豊国神社や五重塔、千畳閣も見てきましたが、残念ながら納得のいく写真は撮れていませんでした。

大願寺。このほかに大きなお堂もあった

五重塔。凝った撮り方をしようとしてよく撮れていない

豊国神社またの名を千畳閣。畳が千畳だかららしい
2時間ほど宮島にはいたでしょうか。
下りてくると、やはり潮は引いていて、本殿の途中までは歩けるようになっていました。

潮が引いた厳島神社。来たときよりはかなり歩いていける部分が多くなっている

ここまでで気づいたのが、カップルで訪れているのが多いこと。
高齢の方が多いですが、それと同じくらいに多かったです。
大抵は女性のほうが楽しんでいないようにも見えましたが、確かに本殿と大鳥居以外は歴史好きでもないとなかなか難しいかもしれません。
フェリーの時間もあり、あとは世界一の大杓子も見たりしながらフェリー乗り場まで向かいました。

世界一の大杓子。誰が使うのだろう


再び本州に戻ってきて、きのこさんがオススメしていた「あなごめし うえの」で昼食をとることに。
値段はやはり高いですが、確かに美味しかったです。
もう少し味が濃くてもいいかなという感じもしましたが、ご飯は非常にふっくらしていましたね。

あなごめし。予想していた以上に薄味ではあったが美味しく頂いた

広島に戻ろうと再び宮島口駅にきて改札をくぐったとき、突如として大粒な雹が降ってきました。
ホームに非難したのでこおりのつぶては何とか避けられたのですが、それでも少しは降りかかるようなそれほど強い雹で。
電車に影響はないか、今後の天気は大丈夫かを心配しながら広島へと戻る運びとなりました。


原爆ドーム

広島に着き、そこから広島電鉄に。
仕組みとしては電車というよりはバスで、戸惑いましたが何とか乗れました。

広島の路面電車、広島電鉄。道路の真ん中を走っている
原爆ドーム駅で降り、先に広島市民球場を見てみることに。
もともと予定にはなかったのですが、直前に近くにあることを知り、寄ることにしました。
といっても、中に入れるわけではないので外側をぐるっと回ってみただけではありますが。
フリーバッティングの音とトレーナーと思われる人の大声が聞こえました。

広島東洋カープの本拠地、広島市民球場。確かに古いものの立派な建物である

広島東洋カープの戦跡が刻み込まれている

その後、道路を挟んで向かい方面の原爆ドームへと行くことに。

原爆ドームを見た瞬間、声が出なくなりました。
あまりにも衝撃的で。
写真や映像で見るよりも遥かに、悲惨でした。

原爆ドーム駅から歩いてくるとこの向きで原爆ドームが眼前に現れる。声が出なかった

別の角度から。このとき烏が原爆ドームの中に入ってきた

縦めに撮った写真

これは中世のお屋敷ではなく産業奨励館である

内部がよくわかる。外面以上にその惨状が見受けられる

原爆ドームの傍らに石碑があって、手を合わせてきました。
原爆云々いうのは日本は悪いことをしてないんだからとか、右翼だとか左翼だとか言いますけれども、そういう問題じゃないんですよね。
やはり、あれを見てしまうと、そんなことはいってられませんよ。
悲しくないわけがないのです。
きついのです。
辛いのです。
あの世代に生きていた人たち。
この世をのうのうと生きている僕。
そう考えると、考えることをやめたくさえなりました。

せめてもの救いは、僕のあとに訪れていたカップルが、その碑の前で長い時間立ち止まって思いを馳せていたことです。


その後、平和記念公園にある碑や記念物を見て回りました。
どこを見ても胸から想いが込み上げるもので。
本当に神妙な面持ちでさえありました。

原爆の子の像。中に鈴がついていたのでゆっくり鳴らしてきた

原爆供養塔。この左手にはたくさんの折鶴が掛けられている

平和の鐘。重厚な重みのある音がいつまでも響いた

平和の灯。写真では見えにくいかもしれないが真ん中に火がとうとうと燃えている

原爆死没者慰霊碑。平和の灯がうしろに見える。刻まれている文字は「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」

平和の時計塔

最後に広島平和記念資料館に。

広島平和記念資料館。この中に展示されているものはどれも戦争の悲惨さを物語る
この中ではフラッシュをたかなければ撮影はしてよかったようですが、あえて一枚も写真を撮りませんでした。
あれは、自らの目で見てくることに意義があるのです。
今まで思い込んでいた「原爆」とはかなり違う部分もありました。
アメリカが計画的だったところなど。
さらに、展示品は本当に悲惨で。
当初は1時間といわれていたのを、2時間近く掛けて回りました。

ここでも感じたことですが、時期が時期だからでしょうか、若者がけっこういたんですよ。
こちらはカップルというわけでない人もかなりいて。
皆が皆憂いていて、ああ、まだこの国も捨てたものではないなと感じました。


そろそろ日も落ちてきたので、少し早めですが夕食をとりました。
行ってきたのはこのお店。

胡桃屋。見つけにくいところにあるが、あらかじめ調べていけばわかりやすい
「胡桃屋」
少し見つけにくいところにあるのと、若干せまっこいところにあるのとで隠れてはいますが、調べていったのですんなり行き着きました。
ここで食べたのは広島焼きだったのですが、これがもう美味しくて美味しくて。
今回の旅で一番美味しかったですね。
人はあまり入りませんが、そんなに高くもありませんし、広島に行ったときはぜひ寄ってみてください。

そんなこんなでこちらも早めですが宿に着き、早めに寝ることにしました。
翌日は5時起きでした。


3月4日
聖杯戦争の町へ

5時起床、5時台に朝飯を食べ、宿を朝6時にあとにするというとんでもないことをして、向かうは神戸。

広島駅にて広島電鉄。出発時は更に暗かった
経路上なのでどうせなら寄ってしまえということでやったのがFateの舞台探訪でありました。
新神戸までは程なく着きましたが、駅から出たところで迷い、車がビュンビュン通る道を肩身の狭い思いをしながら進み、途中で間違ったと思って引返してきたりしました。
何とか神戸の市街地に着くものの、再び道に迷い、また道を引返してくることに。
「異人街」の看板を見つけ、やっと正常なルートに復帰。
いくら地図を持っていても現地では意味がない、ということを身をもって証明した形になりました。

程なくして、Fateに出てくる坂道を発見。

Fate坂。数枚撮ったがこれが一番背景に近い
スクリーンショットは持って行かなかったのですが、少しずれてはいるもののなかなかいい感じで撮れました。
このアスファルトは作中では煉瓦に変えられています。

ここを登り上げたところに案内所みたいなところがあったのですが、そこで抱き合わせ商法に引っかかりそうに。
3館共通のほうが割安とかいろんなことをまくし立てられましたが、今回行きたいのはうろこの館だけなので下まで引返しました。
坂が多い神戸の町。
移動は確かに大変でしたが、余分に金を払うよりはよっぽどよかったです。

程なくしてうろこの館(うろこの家・うろこ美術館)に到着。
1000円しましたが、これには臆することなく払いました。
うろこの家は正直中を見ても「あ、ここだ」というのはわかりませんでした。
ゆえに撮った写真がかなりずれています。
しかも撮りまくっています。
ただ、将来的に中世の洋館に住みたいと考えていたりする僕としては、別の意味で興味深かったです。
ある意味憧れなんですよね。
それ以外の場所もかなり撮りました。

遠坂邸の居間。数枚撮った中でこれが一番マシだった

うろこの館の全貌。デザインからしてその名の通りである

うろこの家から玄関に向けて撮った写真。個人的に好きな構図である

こういう家はゴシック的にはたまらない

書斎っぽい

ブレまくっているが、机の上のガラス類は凛の所有物のモデルになっているのではないかと思われる

これも個人的には好きな構図

タイプライターだと思われる物体

遠坂邸居間を別角度から。こちらもいいアングル

いかにも西洋と思わせる配置。ステンドグラスのようなものもある

うろこ美術館からは神戸港を一望できる。晴れた日は和歌山が見えるというが、もやががかってはいるものの紀伊半島が見えた

赤いボックス公衆電話。開かないと思ったら開いた



その後は外観を撮るために風見鶏の館に移動。
こちらはなんとなく覚えがある風景でした。
写真で見るとこげ茶に感じますが、実際は赤茶に近い色なんですよね。

風見鶏の館。おそらくこれが一番全容がわかるように取れている

丸くなっている部分がひとつの特徴である

風見鶏。動くかどうかは不明

読めそうなので撮ってみたが、表記が独特でどのアルファベットを指し示しているのかがいまいち不明で断念


足はパンパンでしたが、ここから三ノ宮の駅に向けて歩きます。
40円節約のために、更に貿易センター駅まで歩きました。
ここからポートアイランド線に乗り、ポートアイランドに到着。
道が入り組んでいるということは聴いていましたが、ここでも少し迷いました。
ただ、大きく迷うことはなく、更に歩いてきた公園に到着。
着いた瞬間、ああ、あの場面だと思えました。
撮っている写真はかなり元とずれてはいますが、確かにFateであったあの風景です。
ここはそのビジョンがかなりよく、けっこう長い間滞在していました。

ポートアイランド北公園と神戸大橋。構図的には思いっきり間違えているが、この場所は好きだった

これも全然違う。そもそもこの写真は海と神戸大橋と陸地という全く異なったテーマで撮った写真だった

これも図らずして撮ったものだが、偶然にもこれが一番近い。個人的にも好きなビジョンである

おまけ:噴水


そして満を持して神戸大橋を渡ることに。
歩道があるとはいえ、車がすごい勢いで往来しているため、風圧がすごかったです。
さらに、この大橋、立ち止まるとすごい揺れるんですよ・・・
一部ヒビが入っていた箇所も見受けられ、ゾッとしたのを覚えています。
それでも写真を撮らねばとカメラを構え、マンホールの場所で立ち止まり撮影。

神戸大橋。作中の背景ともぴったり。寸分の狂いもなし
資料がなかったにしてはドンピシャのなかなかの写真となりました。
そのあとは怖さを押し殺しながら神戸大橋を渡りきり、ポートアイランド駅から三ノ宮に戻ります。

ちなみに神戸大橋はこんな構造になっています

時間が押していましたが、当初予定していたトアロードデリカテッセンへ。
客が少なく、意外と早く食べることが出来ました。
味は申し分ありませんでしたが、量が少なかったような感じもしました。
あまり旅行者が食べるというのでもなかったかもしれませんね。


電池切れ

三ノ宮駅に戻り、東へ戻ります。
しかしここでピンチが訪れます。
携帯の電池が、ない。
ここまでで調子に乗って写真を撮ってはブログに乗せを繰り返していたため、過剰に電池が消耗されてしまっていたのです。
止むをえずブログのほうは更新を一時停止しました。

電車を乗り継ぎ、米原駅に。
貨物が通り抜ける際にホームに立っていた駅員の帽子が風圧で飛ばされたりするというハプニングが起こったりしました。
そうでなくても冷たい風は吹き抜けていたんですけどね。

このとき乗った米原から大垣までの電車からの眺めがとてもよかったです。
まるでロープウェイにでも乗っているかのようなところを進んでいくんですよ。
そして車掌の運転がピシッと決まっているんですよね。
確認していないのでわかりませんが、滋賀県米原から岐阜県大垣まで抜ける路線ですから、見えたあの山は中央アルプスのどこかかもしれません。
自然に囲まれた路線で、いいなあと思いました。
自然がいいと思うのは自然が無い証拠であり変であるとかいいますが、実際自然を目の当たりにするとそう思うんですよ。
なぜなら、われわれの周りには自然が減ってしまったから。
時代は変わるのですから、価値観が変わってもいいのではないかなと、このときばかりはそう思いました。
おそらくこの旅の中で一番好きな路線でした。
あの区間はもう一度乗ってみたいですね。
そのためだけでも行ってみたいと思わせるような、そんな体験でした。

そして一行(1人)は行きに乗り継ぎで通過した名古屋に。

山登り

名古屋駅から地下鉄を乗り継ぎ、名古屋大学駅に。
なぜここに来たかというと、ここにはとある話のシンボルとなった場所があるからです。
豊田講堂。
俗に言うN大講堂。
演劇が微妙に有名なような気がします。
68
豊田講堂。安田講堂と並んで日本最古の講堂のひとつ
実物は、とても大きかったです。
撮影はしましたが、全部が入りきった写真を取れなかったのが残念でした。

名古屋はナゴヤドームに行ければそれでよかったのですが、それだけだともったいないということで何か無いかと思ったら、マウンテンがありました。
調べて見るとそんなに遠くない位置でしたので、行ってきました。

喫茶マウンテン。どでかい看板があってとてもわかりやすかった

頼んだのは「甘口メロン風スパ」。
メロン味を練りこんだパスタの上に生クリームがふんだんに乗せられているというなんとも甘すぎな一品です。
食べ始めてみると、意外と美味しかったです。
最初の10分は普通に食べられるんですよね。
しかし、やはり10分を過ぎたころから苦しくなり。
というかこの中で一番甘くないのがメロンの果肉ってどういうことですか。
味は甘すぎる以外は悪くないですし、分量もそれほどないのですが、やはり甘いのが祟ってペースダウンは止むを得ませんでした。
何とか登頂しました。

甘口メロン風スパ。意外と量はそれほど多くない

登頂成功。やはりきつかった。小倉スパを頼んでいる人がいて心のなかで合掌した

3月5日
ナゴヤドーム

翌日は当初の目的のひとつ、ナゴヤドームに。
もちろんこちらも中には入れませんが、その大きさを目の当たりにして唖然。
窓が綺麗に磨かれているために自身の姿が映って、手入れが行き届いているなあと驚きつつも感心したり。
ぐるっと回ったところに似顔絵コンテストの入賞作品が張ってあったのですが、その中のキャッチャー小田がすごい精密に書かれていてビックリしました。
あれは巧いです。
調べたなかではその時間にはやっていなかったはずのドラゴンズショップがなぜか開いていたので、入り浸っていろいろなものを物色しました。

ナゴド。12球団とセパ両リーグ、プロ野球の旗が風になびいている

ナゴヤドームのお騒がせ者

駅ビル高島屋で昼食を取ろうとしたのですが、どこも混んでいて。
たまたま入ったところで鳥の味噌かつというのを食べましたが、これが予想外に美味しかったです。
ふつうのカツだとどっしり来るところが、鳥ですのであっさりしていて、まさに新感覚でした。


名古屋から新幹線で小田原に向かいました。
この時点でもう岐路です。
某ラジオで高島屋地下の手羽先が美味しいという話を聞いていたので抜かりなく買って新幹線で食べてきました。
そこから東京を経由して帰宅。
駅を出ると、ちょうど真っ暗になった夜空に、シリウスかどうかはわかりませんが白い光が見えました。



すごく長く書いてしまいましたが、旅行記はこんなところです。
写真を撮った枚数は289枚。
ここに載せたのもほんの一部です。
あまりにも容量が大きくなるため暫定的に縮小させましたが、大きいサイズを載せるかどうかは検討中。
実は書けなかったことがまだ富士山ほどあるのですが、この時点でおそらく執筆してから6時間くらいは掛かっていて、それまでフォローするとあと6時間あっても足りないと思われるので、ここらへんで打ち止めにしておきます。
長い4日間ですが、本当に楽しかったです。


執筆 2008年3月7日
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