私と「ホームページ」

ラジオでも活躍している伊集院光が、自身が長年務めている「ラジオ」という媒体について語っているのを聞いたのがきっかけで、私も「自分と、このサイトの話でも書いてみるか」と思っ立って、書くことにしました。



「私にとって、ホームページって何だ?」と考えてみると、最初は、『自分の部屋』って感じだったような気がします。
私がインターネットに初めて触れた時って、まだ自分の部屋を持ってなかったんですね。
なので、なんとか自分の空間を持ちたいと思っていて。
きっと、それが仮想現実の世界でもかまわなかったんでしょう。
そういったものがあると知ったのは小学生当時で、パソコンを持っていなかったのに、ホームページの構成案なんかをノートに書いたりしてました。

自分のサイトを指して”ホームページ”と言うのはきっと誤用なんでしょうけれども、今でもこのサイトは自分の居場所であり、”ホームページ”なんだという認識ではいます。
だから、黎明期に「○○の部屋」というサイトが大流行しましたが、あれってあながち変じゃなかったんだな、と今は思ってます。



長い年月をかけて、サイトの目的や内容も変わってきました。
このサイトを始めた時、「メジャーになりたい」という思いは、正直ありました。
最初期に、ニュースサイトの形式を取っていたのも、どこかにそんな頭があったからかなと思います。
ただ、ニュースサイトとして有名になりたかったわけではありませんし、見てくれる人が多ければいいわけではないということもわかっていました。
やりたいことはあくまで文章を書くことで、自分の主張を誰かに伝えたかったんです。

その後、実質的なニュースサイトになっていたのを、テキスト中心に方針転換して、今の更新形態に至りました。



テキストを中心に書くようにしてからは、内容がいろいろ迷走しました。
日記を書く以上、何か話題がなければいけないのですが、流石に具体的な話を書くわけにはいきません。
書ける内容も余裕もなくて、頭を抱えた時期も長らくありました。
「日記を更新するために何かネタを作る」という本末転倒なことを考えた時代もありました。

今は、その波を越えて、自然と日記と向き合えるようになったかなと思います。
題材がない時は、本当に頭を抱えますけども。
書きたいこと、思ったことをそのまま形にするのが日記だなと思ってます。



私は、色々なものに興味が行く一方、とても冷めやすい性格をしています。
過去の日記を振り返っても、ある日の日記ではものすごく入れ込んでいるのに、次の日は全く触れられておらず、その後二度と登場しなかった、なんて扱いが見て取れて、長く見ていただいている方には「あれ、コイツまた飽きたな」と思われてそうでちょっとビクビクしています。
長らく趣味が安定しなかったのも、そんな性格に起因してるんじゃないかと思います。。
長く続いている「読書」や「音楽鑑賞」ですら、けっこう長いこと休眠期間があるくらいです。

日記がいい所は、「特に書くことに制約がない」ってことなんですよね。
昨日書いたことを、今日書かなくても別に誰にも怒られない。
へたすりゃ日記を書かなくてもいいし、レイアウトをいっくら変えてもいい。
細かい制約がない自由なサイトの特性と、私の性格がうまく噛み合ったことで、飽きやすいはずの私がサイトは続けられているのかなと思います。



「趣味:日記」とか、「趣味:サイト更新」って感じでは、もはやないんですよね。
ルーチンになるとはよく言いますが、それに似たような感じなんです。
今、TwitterやらSNSやらなんやらで、発信できる媒体は色々ありますけれども、いちばん性に合っていたのが、日記更新というサイトの形態だったんじゃないかと思います。



かつて、サイトをやめようと思ったことも、正直ありました。
ただ、今はあんまりそういう視点で考えなくなったなと思います。
サイト更新というのが、目的から手段に変わったんですね。
私は、文章を書いたり主張をしたいだけで、その媒体がただ単にサイトだった。
そういうことに、気付いたんでしょう。



個人サイトが減ってきたと言われて久しいです。
よく見ていたサイトが閉鎖したりして、個人サイトの母体数は減っていると思います。
確かに、個人サイトの勢いがないと、張り合いがなくなるというのはあります。
でも、書きたい欲望というのは、決して止められるものではないんですね。

データとして、そういう動向は頭に入れてますけど、そこまで気にしてるわけじゃありません。
正直なところ、そんなに周りは見ていないんです。
周りを見て更新なんかしてたら、思いどおりになんかできないし、何よりつまらないんですね。
更新が止まるとしたら、私的な都合か、自身の考え方の変化だと思います。



今後、”ホームページ”がどうなるかというと、インフラさえ残っていれば、大して変わらないんじゃないかな、と思います。
インフラ自体がなくなってしまったり、用途が制限されたりしたならわかりませんけれども、人の発信したいという思いは、消えることがないと思うんですよね。
自由。
それがある限り、どんな形になっても、サイト文化は続くと思います。



執筆 2014年5月17日
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