光を観る

観光とは、読んで字のごとく”「光」を「観」ること”だと思います。


観光というのは、
「景勝地を3か所回ったら観光」
「仕事のついでにちょっと足を伸ばしたのは観光じゃない」
「お土産に3,000円以上使ったら観光」
のような条件付けも全くないので、
観光という言葉がとにかくふはふはした定義として浮いている感じがあります。

何処までが観光なのか、何が観光と言えるのか。
これはもう哲学の域に達しているようにも思えますが、
単純に考えるのが一番いいんじゃないかと思います。

どこか別の土地に行って、その地の光っている部分を観てくること。
それが、観光なんじゃないかと思います。


名所に行くのもいいです。
おいしいものを食べてくるのももちろんいい。
その地の独特な自然を見たり、
日本ではもうあまり見られなくなってしまった風景や街並みを見てくる。
歴史に名高い寺社や仏閣、城郭を訪れる。

これらは皆、観光と言えるものですが、
やはり、その地にある”光”、つまり希望を観てきている、というのは、あると思うんです。
例えば、昨今人気を博している”聖地巡礼”も、
「架空の世界のはずが現実にその場所がある」という、未知の世界への遭遇といった希望を具現化した動きではないかと思います。



最近、どこでも「観光」が叫ばれていて、
昔に比べ、観光の情報を手に入れることは容易になってきたかなと思います。
しかし、かえって「観光が押し付けになっていないか?」という危惧も、正直感じています。

観光というのは、カリキュラムがあるわけでも、こう回らなければならないというルールがあるわけでもありません。
各地で観光協会などが頑張っているのはよくわかりますが、
頑張りすぎて、「ここに来る人は必ずここを廻ってもらいたい」という義務になってしまってやしないか、心配になるところです。

観光地や景勝地、名所と一口に言っても、楽しみ方はそれぞれあると思います。
決まりきったコースを紹介するだけではなく、
もう一歩進んだ観光、観光をコーディネートしたり調整したりすることが、これからは求められてくるのかなと思います。



観光の楽しみとして、やはりその地の名所に行くということは外すせないところですが、
観光ガイドにも載ってないような、自分だけの「ここいいな!」というスポットを見つけてくるというのも、
旅の醍醐味だと思います。


本当に今はいい時代だと思います。
一昔前は、旅行者の観光ツアーでしか行けなかったようなところが、
単独でもある程度行きやすくなりました。
折角ですから、今のうちに、観光してみてはどうでしょう。

あなたのお気に入りの場所が、見つかるかもしれません。


執筆 2013年10月9日
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