サイト管理人は寂しいと死んじゃうんだよ(個人サイト論)

斬っても斬っても、金太郎飴のように毎年話題になるサイト論。
懲りずに反応する私も私で"どれだけサイト論好きなんだろう・・・"という感じもしますが。


個人サイトの昨今の動向については、日本人の「身内受けの凝り性文化」という性質が大きいんじゃないかなと思います。

多くの個人サイトは、最初は身内向けだったものが、きっかけがあって今日のようになったという感じではないでしょうか。
その根底にあるのは、やはり人から認められたい、注目を集めたいという思いではないかと思います。

サイト論については過去にも書いているので、今回、私の主張としては2つです。


○コメントや反応は、個人サイトに置いて何物にも勝るエネルギーになる

もう各所で触れられていますが、どんなに力を注ぎ込んで書いた文章であっても、評価されなければそれはただのデータです。
内容を評価されたり、反応があったりして、筆者の労力が報われるんですね。

2000年代中盤には、他のサイト管理人とのやりとりが盛んになりました。
一部では”慣れ合い”とも揶揄されましたが、
それは裏を返せば、個人サイト同士で繋がりたいという一種の寂しさから来るものだったのではないかと思います。

「うさぎは寂しいと死んじゃう」
使い古された言葉ですが、
「サイト管理人も寂しいと死んじゃう」のです。

そういったことで、SNS等のすぐ反応がもらえるサービスに移行する人が増えたのだと私は考えています。


○閉鎖したサイトには、「お疲れさま」と言ってあげよう

魅力的なサイトが閉鎖されると、とても残念です。
しかし、復活してほしいかと言えば、そうではないんですよね。
これは私の中でも、ここ最近で考え方が変わった部分です。

サイトを辞めるというのは、特に長年やってきたり、毎日更新を続けてきた人にとっては、非常に重い決断です。
もはや日常生活の一部になっているものを、切り捨てるのですから。
その重い決断に対して、我々があれこれ言うことって、できないんじゃないかなあと思ったんですね。

Angel Beats!じゃないですけど、「よかったね」と見送ってあげることも大切なのかなあと、今になって思います。



余談ですが、就職を機にサイトを閉鎖したり、SNSに流れたりする人が多いです。
これは、今まで学生という自由な集団にいて、インターネットという仮想現実の中でうまく生きれていた人が、
会社というある意味社会的な集団に入ることで、現実に直面することになり、
仮想現実と現実との間でうまくバランスが取れなくなっているからなんだろうなと、そう思います。
現実も仮想現実の世界にどんどん侵食してきて、もはや区別がつかなくなっているような感じですよね。
これは、元々仮想現実に巣食っていた我々には、意外ときつかったりします。
この融合をうまくやってしまった人は、すごいなあと思います。



最後に、コメント文化の再燃を祈って、今回執筆するにあたり参考にさせていただいたエントリ・サイト様へのリンクを、つっこみも交えて記載させていただきます。

関連:個人サイトには愛がある! - K’s Station HATENA ver.→この人に刺激されて書きました
関連:個人のアニメ考察系の記事が猛烈に減ってきている 悲しい - karimikarimi→個人サイトは確かに減っていますが、たぶん個人サイトよりもブログやSNSのほうが早くなくなると思います。それだけしぶといのです、個人サイトというやつは。
関連:アニメ考察記事が減ってきているのではなく、目立っていないだけだと思う、とかそんな話 - 隠れてていいよ→見方が違うだけ。この世はまだまだ面白い。
関連:個人サイトに花束を - 空読すくらっぷ→アルジャーノンですね。個人サイトのおはかに花束をそなえてやてください
関連:ブログを書くという不自然と、それでも書く理由 - ちらしの裏的な何か→そこにサイトがあって読んでくれる人がいるからさ。
関連:個人サイトからSNSへ流れて、私が違和感を感じていること すくぅうみうぎ→なぜ「すくぅるみずぎ」ではないんだろう、私が長年違和感を感じていること

執筆 2012年6月10日
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