想像してた未来


テレビドラマ「JIN-仁」のオープニングの映像を何気なく見ていて、
ふと「時代は変わったなあ」と思いました。

誰しも、昔想像していた未来というのがあると思います。
覚えているかはわかりませんが、漠然と、
「大人になったらこうして、こうして…」
ということを考えていたことがあるでしょう。

でも、今想像する未来はどうでしょう。
昔想像していた未来とは、違っているのではないでしょうか。

私の場合は、違っていました。
まず、コンピュータがこんなに生活の中心になっているとは思いませんでしたから。
もともと「紙の世代」の人間なので、もっと紙であふれかえると思っていたら、
今や文章はワードで書く時代ですからね。
だから、昔色々なことを書いた紙がものすごい量あるんですよ、私の部屋には。
別名”黒歴史”とも言いますが。
その他にも、例えば「プラレールやミニ四駆のコースなどであふれかえった部屋を設けたい」なんて思っていたのも遠い昔の話で、
今となっては、プラレールはおそらく捨てたでしょうし、ミニ四駆も最近買ったのが4台あるだけです。
ちなみにまともに走るマシンは一つもありません。

文明は進歩します。
ここ10年、15年のうちに、情報技術が進化したように。
人間も、歳を重ねるにつれて、特に幼いころから見れば、考え方もだんだん現実的になってきます。

そして、今想像する未来が最終形態ではないんですよね。
未来もさらに進むんです。
つまり、今考えていることを実現しよう実現しようと思いながら、私たちは時間軸を未来の方に漸進していっているのです。



でも、結局は昔の未来を考えてしまったりすることもあるんですよね。
「ズッコケ三人組の未来報告」という、未来を空想した小説では、「文明は進化するどころか退化してしまって、今やパンもイーストから作る時代だ」という描写がありました。
2010年を目前に控えた未来では、そうなってはいませんが、
もはやエゴではないかといわれるくらいエコが叫ばれる時代になり、もしかしたら歴史の遡りがあるのかもしれません。



我々は、常に未来を考えながら生きています。
どの時点の未来も、大切なのでしょう、きっと。


執筆 2009年11月30日
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