電車の光景から見る現在の小学生


最近電車に乗ったのですが、車内で小学生の集団を見ました。
女の子の集団だったのですが、なんだか雰囲気が変だったので、気になったのですよね。
どうも、1人の女の子がのけ者にされているようでした。

手が出るような喧嘩ではありませんでしたが、「言葉の暴力」がすごくて。
子供にありがちな、「○○とは帰っちゃ駄目だよ」「話し掛けないでよ」といった類のものです。
文字にしてみれば他愛もないことなのですが、その雰囲気がとてつもなくとげとげしかったんですよね。
私自身も昔こういった経験がありますが、やっぱり相当嫌ですし、辛いです。

子供の喧嘩、と言ってしまえばそれまでなのですが、
この状況はよくないと思って、止めようかと思ったんですね。
でも、できませんでした。
意気地なしなので。



もうひとつ、また別の小学生です。
電車で寝てしまっていたようで、起きた時に、おそらく降りる駅からかなり寝過してしまったのでしょう。
あわてて起きて、次の駅で降りて行きました。



双方のケースがなぜ小学生とわかったかというと、ランドセルを背負っていたからなんですよね。
電車に乗っているということは、つまり電車通学だということです。

普通に考えれば、小学校に通学する際は徒歩で行けますから、私立か何かの小学校にでも通っている子達なのでしょう。



過去に私は、学校教育についてコラムを書いたことがありました。
学校は、スコレと言って遊ぶ場所なんだよと。
でも、今はそうではないのかも知れません。
勉強、勉強、勉強…


電車での話を除いても、最近の小学生と思われる子供たちを見ていると、いろいろ思うことがありました。
今はネット社会です。
もしかすると、携帯電話がないことで仲間外れになったりというのもあるかも知れないなあというのは、ちょっと思いました。
かつての「ゲームを持ってないやつは…」にとって代わる形で。



もしかしたら、今の子供は僕らがそうだった時に比べたら生きづらいのかもしれない。
根拠はありませんが、そう感じています。
僕らが子供だった時、世間については何も知りませんでした。
私はワイドショーが好きで見ていたのと、社会科が好きだったこともあり、周りから見ればものしりの部類でしたが、それでも知っていることはごく一部でした。
今は高度情報社会で、今では小学生でもある程度の情報が得られます。
そのなかで、知りたくないことまで知ってしまうことがあるのかもしれません。


ランドセルを背負って。
輝かしい未来への希望を背負って。
将来への茫漠とした不安を背負って。



この前の相棒じゃないですけど、なんとか、そんな若い芽を摘まずに、花を咲かせてほしい。
そのためには、何かサポートができれば本当はいいのでしょうけれども。

強く生きてほしいと思います。
がんばれ、小学生。


執筆 2009年10月30日
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