公務員への道の道


実は私、公務員試験について、最初はこう考えていました。
「高校時代のリベンジ」であり、「センター試験のリベンジ」であると。


私の高校時代の話を少ししますと、勉強面からいえば、かなり悲惨でした。
一か月以上勉強しなかったこともザラで、赤点こそなりませんでしたが赤が付きそうな科目はありました。
そんな状態でしたから、受験勉強も十分であったとは言い難く、
結果として、センター試験で見事なまでの大コケをかまし、第一志望は叶わなくなりました。

幸いなことに進学先に恵まれ、人生に前向きになることができたのですが、
やはり高校時代は強烈な挫折として記憶されており、高校時代にやるべきだったことをやり直したい、と思うようになりました。
そこで、「公務員試験がセンター試験に似ている」ということを聞き、私は公務員を目指すわけです。


もちろん、それだけで公務員を目指したわけではありません。
小学生当時に「もし東大に行けたとしても地元の大学に行く」「結局は役所に勤める」と豪語していた時期があったように、昔から”地元意識”が非常に強かったため、潜在意識の中で、公務員という選択肢が占める比率はかなり高かったようです。
大学で色々なことに触れたこともあって、ある時期からリベンジ以外の面で公務員への思いが強くなりました。



そして進みはじめた公務員試験の勉強は、茨の道でした。
本格的に勉強を始めてからは、1日8時間がノルマで、他のことはあまりできませんでした。
苦手な分野を前にして、心で泣きながら悪戦苦闘したこともあります。
頭が回らず、まったく勉強できない日もありました。
ただ、不思議と「このまま行ったら絶対に受からない」という気持ちには、一度もならなかったんですよね。

試験に臨む頃には、おかしいくらいの勉強時間をこなせていました。
この辺が、一次試験で躓かなかった最大の理由だと思っています。


しかし、私は面接で躓くことになります。
準備する「ふり」だけして、結局自分のことも、相手のことも、面接が持つ意味すらも理解していなかったんですよね。
私は本音で話せないまま、第一志望への切符を失ってしまいます。

もし、いま私が自己PRをするなら、「何でも知識を吸収したがり、負けず嫌いでそのための努力に限界がない」ところが長所なんだろうなと、ぼんやりと思います。


このあとは、失意のまま惰性で毎日を過ごし、残りの試験がある日はただ単にそれを消化するだけの日々でした。
最終兵器彼女でいえばシュウジが罪を犯したあと、CLANNADでいえば朋也が仕事に没頭するようになったとき。
目の前から、光が消えかけました。

それでも、捨てる神あらば拾う神ありで、とあるところに拾って頂くことになりました。
今思えば、そこまで何とか残っていた貯金が、そうさせてくれたのだと思います。



受け取った結果は、可もなく不可もなく、第一志望には落ちたけど、公務員にはなれたという、非常に中途半端なものでした。
努力が結果に結び付くわけではないけれど、それが無駄にはなっていないというのは、私らしいところかもしれません。

公務員試験に向けて色々やったことで、変化もありました。
見るのも嫌だった数学が、楽しくなったのです。
高校時代に1ケタの点数を取り、センター試験で1A・2B合わせて100点を切った”鬼門”である数学が、
実際の公務員試験になると、ほとんどの試験で正答を出していました。
数学の問題が解けた試験は、全て一次試験を通ったという不敗神話もあったりします。


結局、僕は「勉強し続ける人間」なんだろうなと思います。
頭の回転は悪い、体力もない、ルックスなんかもってのほか。
そんな中、ひとつだけあったのが、勉強という指標。
偏差値教育の弊害と言われるかもしれませんが、たぶん、私にはそれしかないのです。
勉強、嫌いじゃないですから。


社会に出ても、学ぶことばかりです。
一生学び続けながら生きていきたいと思っています。


執筆 2009年9月26日
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